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あやもみ |
一瞬の芳香。一時の至福。 さらり清純。辛口酒。 すすり、と水のように酒精を喉に流し込む。 私も文さまも、杯を緩めるつもりは毛ほどもない。 先程までは4名。狐と鬼が残っていたが、狐は潰れると家事の出来ない事。 鬼は隙間妖が素晴らしい酒を持参したと聞いて、渋々ながらそちらへ興味を移してしまった。 故に、此度の宴会の呑み比べは、天狗同士の頂上決戦と相成ったわけである。 そして再度喉を舐める辛口。 二杯目も一口にして呑み終えた。 今月に入り六回目。守矢の歓迎の意味を含んだこの宴会も、そろそろ打ち止めの頃だろう。 まあ、ここの連中のことだ。 どうせ、紅葉が散れば秋が終わるぞと酒を呑み。 氷精が冬妖と遊ぶのを見れば、冬が来たぞと呑むに違いない。 結局、年中般若湯に溺れる生活である。 そんなことをつれづれ考えながらも、三度大杯の酒をつるりと干した。 周囲から歓声が上がる。 はて。野次馬の中の博麗の巫女は何時の間にいなくなったのやら。 呑むのに夢中で気付いてもいない。 考えながらも、私も文さまも速度は落とさない。 文さまが次を干す前に、引き離しにかからなくては――。 「椛」 次杯の催促は、その声に止められた。 対面に座する射命丸文よりの一言。 「埒が明きません。ここいらで、勝負を決めにかかりませんか」 ……確かに。大杯数百を干してなお、物足りぬと思っていたところ。 その提案はまさに、渡りに船だ。 「いいですよ。負けてかく吠え面の準備をお忘れ無く」 「言いますね。椛こそ、負け時の覚悟をしておきなさい」 そう言って、彼女は。 「大杯はもう要りません! 大桶に入れて持ってきていただいて結構です!」 うおお、と見物客に驚愕が走る。 眼前に置かれる桶。 さて、この大人一人入浴出来そうな桶の中の酒。いかにしたものか。 ふと思う間に、文さまは桶を持ち上げて深く息を吸っていた。 どうやら一息に干される心づもりのようで――。 ――迷う時間も惜しい。 「ふっ!」 一瞬の息継ぎの後、私たちはほぼ同時に桶を傾けた。 口をつける、などという生やさしい呑み方ではない。 開け放した口の中に、水のように酒を流し込む。 酒は口内を思うがままに蹂躙し、味わう間もなくなみなみと喉へ落ちていった。 ――風の音と温もりで目を覚ます。 そこは高空。私の体を挟み込むように二対の翼。 はて、私はどうしていたのだったか。 確か、三杯目の桶に挑んで……呑んでる間に体が凄く熱くなって……。 「椛。意識ははっきりしてますか?」 「は……あ、文さま!?」 目前に横顔。 私の左右で羽ばたく翼。 つまり、私は今まで文さまに背負われていたということだろうか。 さっきまでの温もりも、今感じるこの鼓動も、全部文さまの――。 「こ、これはとんだ失礼を……! すぐに降りま……」 もっといたい。そんな欲望に逆らって飛び降りた。 瞬間。 「あ――!?」 景色が廻る。 どうしたことか。 いつもは簡単なこと。ちょっと浮力を生んで、空にふわり浮かぶだけ。なのに。 酒精に忘我した頭では、それをどうしていたのかすらわからない。 ああ、でも。 (風が気持ちいいな……) 廻る世界で、そんなことを考える。 なにか大変なことを忘れている気もするが、この快感に比べれば些細なことに違いない。 「あやややや!」 そうやって風に抱かれる私を、文さまの腕が邪魔をした。 「い、いきなり自由落下とは……心臓に悪い……」 「お手を煩わせます……」 そう言う私を、まあ、それは別にいいんですけどね、と抱き寄せる文さま。 「それにあっちでも、似たようなことしてますし」 指された方向に目を向けると、夜空を後ろに二人の巫女。 青い顔の守矢に、赤い博麗と対照的だ。 「もう、私と呑んだときは大丈夫だったのに……。 なんでその後にお酒呑んだら、途端に悪酔いするのよ」 「な、なんで……でしょう……おぇ」 博麗が守矢を支えるように、私たちと同じルート、つまり妖怪の山へ向かっている。 自分の神社の片付けは大丈夫なのか、とも思うが。 自分の意志で守矢を送り届けているようだからいいのだろう。 「天狗の詰め所でいいですか? それとも椛の家まで?」 「つ、詰め所で」 そうして、滝の裏の詰め所に辿り着き。 文さまと別れ、夜番の娘にベッド借りるよと声をかけてから。 すぐに、奥に設置された簡易ベッドに潜り込んだ。 明日も非番なんだ。家に帰るのは、ここでゆっくりしてからでも良いだろう。 「……あ、やっと起きましたね」 「うひゃ!」 起きて早々、覗き込んでる烏天狗。 目覚めて二度、文さまの顔を間近で見るとは思わなかった。 「お帰りにならなかったんですか?」 「帰りましたよ? あなたより早く起きてきたんです」 ……この鴉さまは。よくそんな口から出任せが出せる物だ。 ぼふり、と文さまの懐に顔を埋める。 「……凄い、お酒の匂いがします。 家に帰って、湯浴みもせずに出てくるのは有り得ませんし。 正直に言うと、帰ってないんでしょう?」 「あ、あややややや。バレちゃいましたか」 「ダメですよ、ちゃんと寝てこないと。 寝てください、ベッド変わりますから」 「では、お言葉に甘えて……」 そう言って、文さまはベッドに入る。 私が出る前に。 「……文さま、そこにいられると私が出られません」 「いいじゃないですか、出なくても」 そう言って、文さまは私の頭を抱き寄せる。 香るお酒の匂い。控えめに膨らんだ胸の感触。 ……辛抱溜まらなくなる前に止めていただきたいが、そうもいかない。 「二度寝しましょう、椛。 まさか、私をここで一人寂しく寝かせておくなんて真似、しませんよね?」 抱き枕、ゲットです。 そんな事を言いながら、文さまは掛け布団を上げてしまわれる。 「もふぅ……」 抱かれたまま、荒くなっていく鼻息。 すいません文さま。私は、もうたっぷり寝て眠気は飛んでいるんですけど。 このまま、この状態で置いておかれるとか。据え膳がどうとか。 いろいろと我慢がならなくなるんですけど。 早々と聞こえてくる寝息。少しお酒の匂いがするそれは、私の髪をゆらゆらと揺らし。 私の地獄は、文さまが目を醒ます12時過ぎまで続いたのだった。 novel top ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき レイサナ3と繋がってたりする話。こっちが表。 |