左のフレームが表示されない方は こちらを押してください。
レイサナ10 |
とある日のこと。 昨日まであんなに寒かったのに、今日から心機一転と言わんばかりの春晴れ。 今年最初の春一番の吹きすさぶ中。 真昼の空を流星が裂いていった。 「お……」 魔法の森より一直線。 霧雨魔理沙は、流星を維持したままに飛び込んでいく。 目指す地点は、風に揺れる洗濯物も新しい庭。 巫女が掃除をし忘れたのか、荒れが目立つ博麗神社の庭へ、猛スピードで着地しようとして――。 それが目に入った。 「うぇ!?」 いかなる気紛れだったのか。 普段ならなんの気にもせず、爆音と共に着地したであろう魔法使いは今日に限って、そんな気を遣ってしまった。 「全く……」 急なことではあったが、なんとか着弾――着地よりはこちらが正しい、の直前に急停止に成功した魔理沙はそれを見て。 「ひねもすのたりとは言うがな」 そう呟いて。 「お嬢様? ――あら妬けること」 十六夜咲夜の第一声はそれだった。 日傘を傾けるレミリアは、靴で地面の先をかつん、かつんと打ち付ける。 短針が右に水平となる時間は近い。おやつを期待して遊びに来たのにこの仕打ち。 我が儘吸血鬼のことだ。思い通りにならぬ事に、苛立つのも仕方ない。 「お嬢様」 瀟洒な従者はそうして、側に立つ主の苛立ちをたしなめて。 「分かってるわ。痛そうだものね」 「ええ、馬ですから――ちょっと、お嬢様何を」 なんだっていいでしょう、と返すレミリアは一通りの行動を終えた後。 「咲夜、ちょっとそのエプロン貸しなさい」 従者ににじり寄った。 「嫌です。私のエプロンドレスをいかがなさるおつもりですか」 「かぶるに決まっているでしょう。無いと私、帰れないじゃない」 お嬢様、そもそもエプロンとは被るものでは、と返そうとした咲夜の意志は全く無視して。 レミリアは従者に襲いかかる。 血ではなく、メイドをメイドたらしめているシンボルを奪い取らんと。 この時だけ、博麗神社の縁側はにわかに騒がしくなるのだが。 その二人には、なんの関係もない。 自分たち以外を蚊帳の外にして――。 紅魔両者、去って間もなくして空間は開く。 しかし、音もなく開くそれに、反応する者はいない。 「春になったから挨拶に来たって言うのに。この巫女ップルはまた……」 隙間妖怪のぼやきも聞かず。ただ二人の世界に浸る。 「ああ、でも。早苗ちゃんにだけないっていうのも不公平ね」 そう言って彼女は、手に持っていたそれを――。 「霊夢? 早苗? 頼まれてたもの――まったく」 人形師もまた同じくして。 時は既に夕方。 春一番は吹いたとはいえ、未だに冬の妖怪は頑張る時期。 春が来た。が、一瞬で冬は消えはしない。 故に、日没の肌寒さを感じながら、人形師は嘆息した。 仲が良いのは周知の事実だが――。 最初に早苗の神社に行けば、博麗に行ったよと神は告げた。 幸運であるのは、二人の注文が同じであったことか。 しかし、この時間になると、二人の側に置いてあるこれは、まったく役を成さないのでは。 そう考えながらもアリスは、持ってきたそれを広げて――。 いつの間にか、寝ちゃってたみたいね。 博麗霊夢はそう思考して、体を起こし――。 「と」 背中の温もりに気が付いた。 振り向かずとも分かる。肩口から、自分のものでない緑の髪が一房下がっているのだから。 記憶を掘り返してみると――二人の昼食の後、縁側でお茶を飲んだところで途切れている。 (迂闊ね) 春の陽気に当てられて。二人して真昼間から眠りこけた。 あれをやろう、これをやろうと話し合った。その半分も出来ないままに。 霊夢は動けない。 未だに、背中の早苗が起きる気配はないからだ。 (ああ、そう言えば境内の掃除すらやってないわ) そうして、ああ、日課を忘れた庭はどんな惨状だろうと夕闇の中に眺めてみると。 「――え?」 出来ている。 石畳も、玉砂利も。 箒を持った誰かの手によって――しっかりと掃き清められた跡がある。 「な、なんで!?」 私の変わりに掃除をしてくれたのは誰なのか。 その答えを探して、首だけを動かして周りを見渡して。 目に入ったのは。 「――日傘?」 片方は小さく。霊夢自身への日光を遮るようにかけてあり。 片方は大きく。早苗への日光を遮るように立ててあった。 そう、他にも。霊夢にも早苗にも、布が数枚かけてある。 春服をくらいの厚さの布が、風邪を引かないようにと。 「――来てたなら、起こせばいいじゃない」 布の中に残る、二人ぶんの温もりにくるまって呟いて、気が付いた。 もしも自分が、霊夢自身が。 春の海の中で眠りこける自分たちに出会ったのなら。 本当に幸せそうな顔で、背中合わせに笑う自分たちを前にして。 起こすことが、出来るだろうか、と。 ひらり、と。 空から舞い降りる一枚の写真。 いったいどこから撮ったのか――二人の巫女が、一足だけ早い春を満喫している姿。 それは、とても間が抜けていて。幸福の最中にいて。 どんな怒りだって中和できそうなほどに、暖かい一枚だった。 鴉天狗の羽音は遠ざかる。 その羽ばたきに、早苗はまどろみを失って。 「起きた? 早苗」 そんな霊夢の声に、うそ、もう夕方!? と返すのだった。 novel top ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき こういう話も書きたくなる |