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レイサナ11 |
「……なにやってるんだ、お前……」 霊夢の姿を見た魔理沙はそう呟く。 お盆の上には白米、焼き魚、味噌汁にお新香。 文句のつけようのない、日本の朝食だ。 おかしいのは場所であり、姿勢である。 霧雨魔理沙はもう一度、親友の姿をしげしげと眺め――。 (やっぱりおかしいぜ……!) 普通、廊下の真ん中で土下座なんてしないだろう。 それも、お盆の目の前で。 巫女らしく、五穀豊穣の神にでも感謝しているのか。 それにしたって廊下の真ん中はない。 大体、あの巫女が秋の姉妹に祈りなど捧げるのか……いや、有り得ない。 こと霊夢に限ってそれだけは有り得ない。 そこまで思考して、魔理沙はそれに気が付く。 その土下座の頭の先。ご飯を乗せたお盆の、更に先にあるものに。 (……トイ、レ?) 廁、せっちん、お花畑。こと隠語にはことかかないそれ。 霧雨魔理沙はようやく、霊夢が何に頭を下げているか知ったのだ。 あっちゃあ、霊夢のやつついに限界を迎えたか。 やっぱり魅魔様じゃあ何も集まりゃしなかったんだ、なんたって悪霊様だもんなあ。 鎮めるための供えはあれど、願いをかける星のような硬貨なんて無縁だぜ……。 せっぱ詰まって、廁神にでも鞍替えするつもりかもしれないな、と魔理沙は考える。 しかし、事実はもっと単純なものでしかない。 「早苗……謝るから、謝るから機嫌を治して。 おなかすいたでしょ? ほら、お昼だってあるわよ?」 トイレに向かって頭を下げる、巫女のそんな台詞に。魔法使いは呆れて物も言えぬとあんぐりと口を空けた。 そうして口からぽつり漏れる一言。 「なんだ……いつもの痴話か……」 「痴話じゃない!」 「痴話じゃないです!!」 トイレの内と外から、言葉が同時に飛んできた。 そりゃあ、二人にとっては痴話じゃないだろうな。と魔理沙は思う。 「で、なにしたんだよ霊夢」 「…………あれ」 魔理沙の言葉に、霊夢は縁側を指さすと、そこにあるのは2つの紙のカップ。 「なんだありゃ」 「アイスクリーム……早苗の手作りの……」 ……なんだそれ? 幻想郷では耳慣れないものに、眉を顰める。 「聞いてくださいよ! 酷いんですよ霊夢ったら!」 トイレの中から早苗の声がする。 そりゃあ、トイレに閉じこもるくらいだから相当酷いことしたんだろうな、と彼女は考えた。 話は、三十分ほど前に遡る。 「美味しいわね、これ」 博麗霊夢の、初めて食べるアイスクリームの感想だ。 隣から、でしょう、という早苗の声。 この、アイスクリームとかいう氷菓子を作り、持ってきたのは早苗だった。 以前は私が教えないと料理すらできなかったのに、人はいつしか成長していくものね。 霊夢はそう思いつつ、また一口をスプーンで掬った。 蝉時雨もまだ小降りな初夏、されど暑く、紙カップの中身はどんどん減っていく。 「氷精の子に手伝ってもらったんですよ」 「へぇ……」 チルノか。 ――美味しい氷のお菓子!? ねぇねぇ、手伝ったらあたいにも分けてくれる? ――えぇ、いいですよ。 きっと、こんなやりとりがあったに違いない。 そう考えながらもまた一口。 気が付けば、霊夢のカップの中身はもうほとんど空だった。 「あ」 そんな中、早苗はちょっと……と席を外してしまう。 恐らくはトイレにでも行ったのだろう。 そうして。 「これが、最後の一口、と」 それを最後に、霊夢のカップは本当に空になった。 空になったカップを眺めて、本当に美味しかったのに、と残念そうに目を細めて。 早苗が残していった、アイスクリームが目に入った。 よくよく見れば、まだ半分ほど残っている。 普段の博麗霊夢なら、ここでそんな行動はしなかっただろう。 もしも、アイスクリームを持ってきたのがアリスなら、レミリアなら。そんな行動は起こさなかったに違いない。 けれど、アイスクリームを持ってきたのは早苗だった。 主を無くし、溶けるに任せられるアイスの側には木で作られたスプーンがある。 早苗が口に運んでいたスプーンがある。 霊夢は、幾度となく彼女と交わしたキスを思い出す。 毎回のそれは、このアイスクリームよりも甘美で甘くはなかったか。 東風谷早苗の口の中は、彼女の唾液は何よりも熱く溶けるような甘露ではなかったのか。 つまり、目の前の食べかけのアレは早苗のアレとアイスクリームを足した、この世に二つと存在しないご馳走ではないのか――。 ごくり、と喉が鳴った。 「アホだろ。お前」 話を聞いた魔理沙は、素直な感想を飛ばす。 「ひ、一口だけだったはずなのよ! 早苗にバレないように一口だけ! でも気が付いたら――」 「早苗のカップまで空だった。そういうことか」 うん、と霊夢は頷いて。 平和だなあ、と魔理沙は思う。 「そんなことで……」 「大切な事よ!」 「大切な事ですよ!」 再び、反論が被った。 喧嘩してても息はぴったり。だいたい喧嘩の原因だって、霊夢の多少なりとも行きすぎた愛情な訳で。 この件だって、ちょっとした愛情のもつれに過ぎない。 そう考えるなら、板一枚隔てただけで一緒にいるこの二人は、実は幸せなのではないだろうか。 ……遠回しに、ノロケられているような気がするな……。 魔理沙は思う。 危機感を抱いているのは当の二人だけで、周りの人間からしてみればこれほど馬鹿らしいこともあるまい。 だいたい、魔理沙に反論できるほど冷静に戻っている時点で、早苗の怒りも多少なりとも治まっているはず。 普段のこの二人の熱さを見るに、とっとと仲直りしてしまいたいに決まっている。 となれば、謝っても許して貰えないあたり、早苗が意地になっているだけかな。 魔理沙がそんなことを考える傍ら、 「霊夢……」 扉の向こうから、早苗の声が聞こえた。 お、なんだ。ついに閉じこもるのにも飽きて、再びくっつくのかと期待する魔理沙を余所にして。 「美味しかったですか……」 そんな、最悪の質問が飛んだ。 「そりゃあもう美味中の美味だったわ!」 そして、それに素直に答えるバカ巫女が一人。 「うわあああああああああああああん!!」 「ああ、ごめんなさい早苗! でも本当に美味しかったのよ! 早苗の濃厚な味がして!」 (変態だ!) その言葉を聞いて、今こそ魔理沙は確信した。 恋=変態だと。他人に恋することは、変態となることなのだと。 ポケットの恋符をあらためる。 うん、間違いない。恋符だ。世界がひっくり返っても、変態符じゃない。 『変』の上の部分と『態』の心がくっついて『恋』になってる訳じゃないよな……。 そんな、うっかり発動してしまったら最後の罠スペルはない。 使ったら著作権に厳しい鼠っぽいコスプレを強要されるスペルは存在しはしないのだ。 (さぁて、どうするかな……) 先程の一幕で、二人の間はまた少しこじれただろう。 魔理沙はいい加減お腹がすいているのだ。さっきからトイレ前に安置されている食事が気になって仕方がない。 しかしアレは、霊夢が早苗のために作ったもの。手を付ければ夢想封印……で済むかどうかは微妙なところ。 ここは早急に解決して、私の食事を貰うしかないぜ、と彼女は強硬手段を取ることにした。 「霊夢」 「何よ」 声に反応して自分の方を向いた霊夢を、魔理沙は廊下に押し倒した。 どさ、と二つの体が重なって投げ出されて。 「な、何いきなり――」 「好きだぜ」 霊夢に覆い被さった魔理沙は、真面目な顔でそう言った。 横目で、トイレの扉をちらちらと見ながら――。 「ずっと好きだったんだ。 なのに霊夢は早苗の事ばっかり見てて、私のこと見てくれないから……。 この隙に、キスを奪ってしまうんだぜ」 わざと早苗に聞こえるように言って、魔理沙は霊夢に唇を近付ける。 「え、ちょっと本気!?」 霊夢の声に、しかし魔理沙は答えない。 その事実に、霊夢は事の重大さを悟る。 ファーストじゃないけれど。いや、ファーストじゃないからこそ、この唇は自分が心に決めた人のものだからこそ守り抜かねばならない。 「おっと、そうはさせないぜ」 霊夢はとっさに魔理沙を突き飛ばそうとするけれど、四肢を押さえつけられてしまう。 ついに魔理沙の顔が、霊夢の瞳いっぱいに写り込み――。 「た、」 互いに吐息を感じるほどに近付いてようやく、 「助けてさなえ――!!」 霊夢は絶叫を走らせた。 瞬間、稲光の勢いでトイレの扉が開いて、中から飛び出す影ひとつ。 やれやれ、これで一件落着か、と魔理沙は早苗と目を合わせる。 「なーんてな、冗談――」 だ、ぜ。 その言葉は声にならない。 魔理沙の眼と出会ったもの。それは、あらんかぎりの敵意をみなぎらせた、早苗の瞳だったからだ。 ヤバイ、やりすぎた――。 思考が閃けば、行動は一瞬。 『スターダストレヴァリエ』 『八坂の神風』 故に、スペルカードの宣言も一瞬のうちに行われた。 本来の使用法とは真逆。 星屑を撒き散らし逃げに走る魔理沙と、追い縋る早苗の弾の雨の中で。 「屋内で弾幕するなあっ!」 霊夢の叫びを背中に受け止めて、魔理沙は博霊神社を離脱した。 「やれやれ……」 追ってくる気配はない。 魔理沙は神社上空を旋回し、追撃の有無を確かめると。 「昼食にありつきそこねたじゃないか……」 ちぇっ、と舌をならす。 さて、何処へ行こうか。 アリスは早々と昼食を終わらせて、アフタヌーンティーを楽しむタイプだ。 今から行っても、お昼ご飯を貰える確率は低いだろう。 「……紅魔館、かな」 あそこなら、昼食時に仕事で食いっぱぐれた妖精メイドのための軽食だってあるし、咲夜に頼めば分けてくれる。 ちょうど、資料も必要だった頃だしな、と箒の先を湖に向け、少女は真昼の彗星となった。 「……無事ですか、霊夢」 魔理沙が去った博麗神社で、早苗は霊夢を助け起こす。 「大丈夫よ、早苗」 そうして手を引かれて立ち上がった霊夢を、早苗は真っ直ぐに見つめた。 「なに?」 「……そんなに、美味しかったですか?」 早苗の言葉に、霊夢はうん、と頷いて。 でも。 「ダメですよ」 早苗はそのまま、霊夢に口づけを重ねる。 そう、アイスクリームなんて不純物が混じってたって、本当に美味しいはずがない。 なにより、東風谷早苗のプライドが許さない。 「……私のだけの方が、美味しいでしょう……」 舌を絡ませながら、早苗が呟く。 だからその舌に自分の舌を絡ませ、唇で唾液を吸い付けながら、霊夢は言うのだ。 「……うん……早苗のが、美味しいよ……」 novel top ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき ひさびさのレイサナ。ひさびさのキス落ち。 宣言通り新板記念にペンネームでもつけてみる。 いや、イカロ用のネタが溜まりに溜まっただけなんですけどね。 あと、魔理沙にはごめんと言わないといけない。 そして順調に変態への道を歩み始めるふたり。 あと、なかったのでPNつけました。 オレ、外道インフルエンザ。コンゴトモヨロシク……。 …当時のあとがきである |