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レイサナ13 |
――月が綺麗な夜のこと。 お月見をしていたら、突然早苗がやってきた。 よく人が訪ねて来る日だ。 鬼と隙間が酒を持ってきて、飲まずに帰った珍しい朝。 月兎がだんごをもってやって来た昼。 夕食も終わろう頃に、荷物をまとめて現れた早苗は私に向かって一息で―― 「すいません霊夢。ちょっと泊めてください。二週間ほど」 そうして今、博麗霊夢と東風谷早苗は同じ月を眺めている。 (――そう言えば、十五夜だったわね) そう考えると、今日の怪しかったみなの行動にも納得がいくわね、と霊夢は思う。 異様に浮かれていた萃香。神妙に悲しそうに、けれど愛おしそうに月を眺める鈴仙。 三者三様、十人十色。それぞれに月に抱く思いはあるのだろう。 その悲しみも喜びも感動も、今夜、浴びるように酒を呑んで流してしまえばいいんだ。 ――問題は。 霊夢はちら、と隣を見る。 鈴仙が持ってきた月見だんごを挟んだ向こう。 一杯しかない博麗神社の猪口で――ひたすらに酒を口に流し続ける早苗の姿があった。 (……大丈夫かしら……) こんな名月の夜に、酒にありつけない不満は当然ある。 だが、それ以前に下戸である早苗が、自分をも越える勢いで酒を呑み続けているのだ。 心配にならないはずがない。 そんな霊夢の視線の先、月光に晒され青い早苗の横顔が、ふ、と赤みを帯びて。 「あ」 倒れる。 そう判断した霊夢は咄嗟にだんごを自分と早苗の間から追いやった。 そのまま自らの位置を微調整し――。 早苗の頭を膝に迎え入れた。 「――霊夢――」 早苗の頭の重量が霊夢のふとももにかかる。 霊夢はその体勢のまま、ふわりと早苗に微笑みかけ。 「無理しすぎよ早苗。 こんなに綺麗な夜なんだから、月を見ながらゆっくり呑みましょう」 そんなたしなめるような霊夢の言葉を、早苗は顔を背けて拒絶した。 ふとももの間に、早苗の鼻が滑り込む感触がこそばゆい。 ――む、今夜の早苗は反抗的ね。 「どうしたの早苗、あなた少し――」 変じゃない、と言おうとして、霊夢はそれに気が付いた。 押し殺した声と、スカートを染め自分のももを濡らす温かい雫に。 「早苗……何かあったの?」 それは、東風谷早苗が語る物語。 守矢神社が幻想へと消え去る以前、今夜と同じ、まあるく綺麗な月が浮いていた夜のこと。 その日ついに、八坂、洩矢の両神は実体を保つことが叶わなくなったのだ。 「まいったねぇ、しかし」 神奈子の目前、祀られた御神体には真っ二つのヒビがある。 ――信仰の枯渇を、最初に迎えたのは諏訪子だったのだ。 神奈子は思う。自分のように実体を保てなくなるだけならまだしも、その現身すら消失するとは。 自らの存在核、御神体に意識を戻すことで消滅こそ免れたものの、現状は未だに予断を許さない。 御神体に入ったヒビは犯された生命の証だ。 神徳のカタマリであり、神そのものでもある御神体は、対応する神が信仰を得る限りその存在を永続する。 たとえ炎に巻かれようが焼失せず、欠けることすらありはしない。 逆に言えば――それが異常をきたすのは、対応した神が危機に陥った時のみだ。 故に、この御神体の傷は人間では修理することすら不可能。 それに――したところで意味などない。 この傷を修復する手段は唯一――洩矢諏訪子の神徳の回復のみだろう。 砕けてしまえばお終いだ、諏訪子が完全に死ぬまでに、何か方法を見つけなければ。 神奈子はそう考えるが、彼女の瞳に映るのは、透けるほどになった己の手のひらのみ。 そんな中。 「八坂様!!」 本殿の扉が開き、早苗が姿を見せたのだ。 「洩矢様……は……」 祭神の一大事と聞いて駆けつけて来た、彼女が見たものは。 御神体の傷――洩矢諏訪子の事実上の死刑宣告と、透けてしまい触れることもできない八坂神奈子の姿だった。 「私のせいなのよ。早苗。 あの時、私がみだりにこの地を乗っ取りさえしなければ――」 少なかった諏訪の信仰を、無理に二人で分けたりなどしなければ。 諏訪子がこんなにも早く、限界を迎えることはなかったのに。 「私の、せい、なんだ。なぁ――」 諏訪子。 八坂神奈子のその言葉を聞かずに、早苗は本殿を飛び出していた。 神奈子は一言も、死ぬとは口にしなかった。 だが、自分と会話しているようで、彼女が自分に言葉を向けていないことも分かっていた。 だからこそ、理解できてしまった。 今、神奈子と諏訪子の間にはいることは出来ない。 あれは、死に行く二人だけで完結した世界だ。 神奈子には死んで行く諏訪子と、自分の過去の行いと、現在進行の後悔しか見えていない。 だからこそ、理解できてしまったのだ。 今の自分に出来ることなど、何一つないのだと。 「あ、あ、あ、あ――――――!!」 そうして早苗は、境内の中心に崩れ落ちた。 目を覆う手のひらからはぼたぼたと水滴が流れ落ち、石畳に染みをつける。 「あ―――――――――!!」 そうして、髪を乱し、空を仰ぎ、涙を振りまいて。 月に向かったその瞳に。 涙でにじんだ、綺麗な綺麗な満月が映っていた。 「――それからすぐに、八坂様が追ってきました。諏訪子に怒られたって」 ――家族なんだから、自分と私だけ見てないで早苗のことも考えてきなさい。 「このままでは自分の死後、八坂様も私も想い出だけ見て生きることになる。 どうせ生きるなら未来を見て生きて死ね。 そう、言われたそうです」 「……遺言じゃないの、それ」 霊夢の言葉に、ですよね、と早苗は頷いて。 「けれど、それが逆に良かったようです。 前向きに考え始めた八坂様は、すぐに幻想郷への移住を決められましたから」 すごかったですよ、と相づちが打たれ。 「消えかけの体でスキップ三昧。5000年若返った気分だ!とか床板をミシミシ言わせながら――。 でも、そんなことがあったから、私、耐えられなかったんですよ」 ――十月は神無月だから。 八坂様も洩矢様も、喜んで出雲にでかけていった。 きっと向こうでは楽しく、古いお仲間と酒を呑んでいらっしゃるだろう。 早苗はそう考えて、一週間を過ごした。 そういえば十月だといううのに、秋の姉妹神も厄神もいないな、と気づき。 彼女らも出雲へ行ったのだろうと結論したのが昨日。 そうして彼女らがいなくなって、住人が三割減の妖怪の山で、早苗は今日十五夜を迎えて――。 水を汲もうと外へ出て、あの日と同じ綺麗な月が映り込んだ。 あの日と同じ。 独りぼっちの自分を、月が――。 「――怖いんです、あの綺麗な月を見るたびに、二柱ともいつかまた――」 いなくなってしまうんじゃ、ないかって。 「大丈夫よ」 そんな早苗の不安を、霊夢はあっさりと否定した。 彼女は知っている。あの二柱が、早苗をどれだけ大切に思っているのかなど、とうの昔に。 だって、将来的にはその愛が――自分の恋を邪魔する最大の敵なのだから。 そんなことは、早苗だって分かっている。けれど。 それでも、恐怖は消えなかった。 ――ならば、それを癒すのが自分だ。 「ねぇ、早苗、ちょっとこっち向いて」 「……いやです」 それは、霊夢に泣き顔を見られたくないのか、月を見たくないからなのか。 おそらく両方だろうが――霊夢はそんな早苗をくるりと上に向けて。 「大丈夫よ、ほら」 顔を、早苗の顔に近付ける。 霊夢の瞳には早苗が、早苗の瞳には霊夢が映りー。 「こうすればもう、怖いものは見えないわ」 くちびるを、かさねた。 早苗には、霊夢にはもうお互いしか見えていない。 月は二人を見ているけれど。 早苗はもう、月を見ることはない。 ――正直、少しだけ月に嫉妬したのだ。 霊夢は思う。 ――まったく、月を見て泣くくらいなら、私を見て泣いてくれればいいのに。 novel top ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき ぱるしー「嫉妬と聞いて歩いてきたわ!」 霊夢 「あんたの出番はもうちょい先、冬でしょう!」 4ヶ月ぶりの流行性感冒さんです、こんちには。 百合スレ一周年と聞いておめでとうしにきました。一年が異様に長かった気がする。 地霊でついにジャスティスカプが結婚式を挙げたと聞いて大喜びしてました。 あとさ、紅楼夢のカタログって1050円もしたっけ……? 去年まで、旧作ナンバーのブースってあったっけ――? けれどその、二週間後が楽しみすぎる。 関西の希望、紅楼夢。 ここだけ流行性感冒 2008紅楼夢直前の文ですね。 いまや紅楼夢は名実ともに関西最大の同人イベントになってしまいました。 |