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レイサナ15



 三箇日は、嵐のように去っていった。
 三日三晩を徹して行われた宴会は円満に終了し、その全ての後始末も4日のうちに終わっている。
 それもこれも全て、手伝いを申し出てくれた早苗の好意によるものであるが。
 「で、あんたのところはまだ続いてるのね」
 小さな重箱に詰められたおせちをつつきながら、左の早苗に問う。
 炬燵に足を入れて、巫女二人、90度向こうに座りながら。
 「はい、大天狗の方との飲み比べに勝負がつきませんで」
 大方そんなところだろう、と霊夢が嘆息した。
 自分の所の宴会が終わってすぐ、肩を組んで妖怪の山に帰っていった天狗と鬼の姿が思い出される。
 あの二人は知っていたのだ。楽しい楽しい二次会が、妖怪の山でまだ続いていることを。
 「でも、ありがとうねそんな合間に、忙しいでしょうに」
 「いえ…」
 神様や天狗さんや河童のみなさんが、料理なんかを代わってくれましたから。
 「――だから」
 しばらくは、ここにいられますよ、と早苗は言った。
 「――そう、良かった」
 なら、と甘栗を口に放り込みながら、炬燵の淵を這うように――霊夢は早苗に手を伸ばす。
 誰にも見えぬように、下から回される手が求めるものは一つだけだ。
 ――手を。
 それだけを言うための、小さな合図。それに答えるように、早苗も霊夢に手を伸ばした。
 いつからだったろう。こうやって隠れて霊夢が手を伸ばすときは、「手を繋ごう」と言っているということに。
 たとえ、この博麗神社の炬燵に他者と四人で座っていたとしても――知られずに、互いだけを見れるから。
 「――――」
 だから、早苗は無言で目を閉じた。
 手から伝わる温もりだけを見るために。


 ――そうして何分、いや、何時間かもしれない。
 閉じた瞳の向こうで、分からないくらいの時間が過ぎた頃。
 「――霊夢?」
 聞こえてきた規則正しい吐息に、早苗は目を開いた。
 見れば、小さめだったとはいえ重箱いっぱいに詰められていたおせちは既に無く。
 後ろに倒れ込み、自分の手は離さぬまま、座布団を枕に眠る霊夢だけが目に入る。
 「……もう」
 仕方ないなあ、と、霊夢の腰までしかなかった炬燵の布団を胸まで引き上げて、自分はその場から離れようとして。
 霊夢に、きゅっときつく手を握られた。
 「霊夢?」
 問いに返る返事は寝息のみ。
 眠りについた少女はそう簡単に目を覚まさないが――強欲にも、大切なものも離そうとしないのだ。
 けれどそんな霊夢の手を、早苗はそっとほどいた。
 ずっと触れていたくはある。それは二人に共通した想いだろう。けれど。
 「――少しだけですから、ね?」
 そう言って早苗は、小さな木の枝を取り出す。
 ちょっとしたまじないだ。幼い頃に少しだけ見た、懐かしい記憶を頼りに。
 衣擦れの音と共に、炬燵から立ち上がり縁側へ向かい、境内へ。
 連日の宴会で大半が溶けていた雪も、まだ、少しだけ残っていた。






 「霊夢ー。いないなら勝手にはいるわよ?」
 がらがらと戸が開く音で、博麗霊夢は目を覚ました。
 (――ん?)
 今の声は誰だったろう、そしてなにを言っていたんだろう。
 そんな寝ぼけた頭に思考が追いつく前に、彼女はその違和感を察知した。
 手が寂しい。確か自分は、左手にずっと暖かくて安心できるものを握ってはいなかったか。
 そうして見渡した炬燵の上には。
 『すいません、少しだけ、神社の様子を見てきます。すぐに帰るから。 早苗』
 そんな旨の書き置きが置いてあった。
 「…………」
 手を握る、手を開く。
 温もりはまだ残っている。さっきまで、確かにここに早苗の手があったのだ。
 今はないことに一抹の寂しさを覚えはするが、それはもう考えても詮無きこと。
 帰ってくると書いてあるのだ、今はそちらが重要。守矢に帰るのではなく、博麗に「帰ってくる」と書かれていたことが少しだけ嬉しくて――。
 くすり、と笑いが漏れる。
 そうやって、手に残った感触を確かめる行為を繰り返していると。
 「なんだいるじゃない、返事しなさいよ」
 「せめて廊下でなく縁側から入ってきなさい」
 突然に――風見幽香が襖を開いたのだ。
 なんだ、さっきの来訪者は幽香か、と思考する霊夢を尻目に、
 当の幽香はああ、寒い寒いと呟きつつも霊夢の対面に腰を下ろし、炬燵の温もりにありついた。
 「……遠慮とか、しなさいよ」
 「いやよ、寒いもの」
 楽しかっはずの霊夢の笑いは一瞬にして仏頂面になり、目前の幽香に対して文句を垂れる。
 しかし、そんな幽香は霊夢の不機嫌をものともせず、
 「ところで、入り口のアレを作ったのは霊夢? 随分可愛いもの作るじゃない」
 逆に、そんなことを聞いてきた。
 「は……?」
 「あら、違うのね」
 ぽかんと口を空け、なにを言ってるか分からない、と返す霊夢を見て、幽香は悟る。
 「なにがあるのよ、うちの玄関先に」
 「あら、見に行く? 可愛いわよ?」
 そう言って幽香は炬燵から腰を上げ、玄関へと歩いていく。
 霊夢も不服ではあるが後に続き、廊下を抜けて玄関の引き戸を開いて――。
 「あんたは出てけ」
 幽香のお尻をけり出した。
 「ちょっと、なにするのよ霊夢」
 当然のように抗議が飛ぶが、そんなものは意に介さない。
 「玄関からはいるな、縁側から入りなさい。
 ――で、アンタが言ってたのは、あれ?」
 指を指した先には、永遠亭の月兎が、鳥居の側に置いてあった門松を持ち去ろうとしているところだった。
 「あ、霊夢。これ処分するから持って帰るわよ?」
 鈴仙が持っているのは、迷いの竹林で採れた竹を使った門松だ。
 大晦日の宴会時に、永遠亭から無償で譲られたもので、霊夢は一度しっかり断っている。
 本来門松とは年神を家の中に呼び寄せるためのものであり、神社には大して必要なものでもないのだから。
 しかし言葉に反して押し切られ、結局永遠亭製門松は博麗神社に設置されることになっていたのだが。
 「そっちじゃないわ、霊夢。あなたの足下のほうよ」
 似てるけど、と幽香の補足が入り、なにがあるのよ、と霊夢が足下に視線を落として。
 最後になになに?と鈴仙が寄ってきて――。
 三人の目が、それに集まった。
 「これは――」
 足下には、雪を小さく集めて固め、赤い実で目を作り、青い葉で耳を表現された兎の姿。
 「ゆきうさぎ、よね?」
 まさしくそれである。
 瞳と耳は南天によって作られるその兎は、ちょこんと霊夢らを見つめるように、玄関先に立っていた。
 「霊夢じゃないとしたら、誰かしら。こんなの作るのって」
 ――決まっている。
 さっき、早苗を出迎えたときには、こんなものなかった。
 早苗が去っていった今、こんなものがここにあるのなら、これを作ったのは。
 「そういえば!」
 ぱちん、と鈴仙が手を叩く。同時に耳がピンと跳ね上がり、身長が1,5倍ほどになった。
 「師匠が言ってましたね、この目に使われる実、『南天』は、難転、に通じるって。
 だから、昔はゆきうさぎを作って、自分の家に降りかかる災難がどこかへ転がっていってくれるようにおまじないしたって」
 そこで、鈴仙は言葉を切って。
 「ですから、これを作った誰かは、今年いっぱい博麗神社に、霊夢に災難が降りかからないように願っていたんでしょうね」
 そんな言葉を披露してくれた。
 「へぇ……」
 自分の足くらいの大きさの、小さなゆきうさぎを見つめる。
 赤い赤いその目からはなにも感じ取れないけど、これを早苗が作ったのなら。
 「――なんだか、ちょっと可愛いじゃない」
 そう言って、くすりと笑った。





 そうして、風見幽香は石段を下りる。
 もしかして誰か、今年最初の相手がいるかと神社を訪ねたが、ついぞそんな存在には巡り会えなかった。
 残念、と溜息を吐く間に、後ろから月兎が門松を抱えて追い抜いていく。
 そんな中。
 (――そういえば)
 風見幽香は思い出す。冬故に、実と葉しかなかったろう南天、その意味を。
 霊夢はまだ、あの玄関先にいるのだろうか。
 教えておくべきだろうか。それに込められた想いの強さを。
 それでも。
 「やーめた!」
 何で自分が霊夢のために、そこまでしてやらねばいけないのか。
 そんな義理もないし――ああ、教えてやって、赤面する二人をからかうのはそれはそれで楽しかったかもしれないけど。
 幸運なことに、空の向こう、飛んでいく白黒の帚星が見える。
 今年初めの相手には申し分ない、連日の宴会でついた脂肪をこそぎ落としたいと思っていたところだ。
 そう考えて、傘の先から号砲を一発。
 宣戦布告は完了した、さあ、あとは存分に暴れ回ろう。
 そうして、飛び立つ刹那、風見幽香はもう一度だけ考えた。
 南天の意味。
 南天の花言葉は――。




 花妖怪が白黒を追って飛び立った神社に、蒼白の風祝が帰ってくる。
 玄関先で、自分の作品をじっと見ていた霊夢に照れ笑いを返して――そのまま二人連れだって、再び神社の中へ消えていった。




 『私の愛は増すばかり』。







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 あとがき

   ゆきうさぎ、から発想。
 南天は、昔住んでた家の庭に生えてたなあ。