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レイサナ3


 跡を引く甘口酒。
 とろり芳醇。夢の水。


 喧噪は遠い。みんな未だに宴の最中。
 それから離れて神社の裏で、一人酔いを醒ます私である。
 ……まあ、半ば逃げてきたのではあるが。
 始まる呑み比べ。参加表明する八坂様。小脇に抱えられていく洩矢様。
 身の危険を感じる私。
 ふぃ、と溜息を吐く。
 酒に酔う前に悪酔いしてリバース。
 私の肝臓はその程度の能力しか持たないのに、あの二柱はそれでも呑ませに来る。
 いったい何故か。

 「ここにいたのね、早苗」
 「霊夢」

 どうしてここが分かったのか。
 その手にはまだ満杯の酒瓶を持って。
 博麗霊夢がやってきた。

 「どうなりました?」
 「どうって……ああ、呑み比べ?
 あんたの神様は中盤敗退よ。小さい方はベスト8まで残ってたけど。
 今、天狗同士の頂上決戦が始まったわ」
  つまり幻想郷には、八坂様くらい呑む猛者がごろごろしている、ということだろうか。
 恐るべし幻想郷。本当に私はここでやっていけるのか。今更ながらに自信がなくなってきた。
 「早苗も呑みましょ? 殆ど素面じゃない」
 そう、言ってくれるのは嬉しいんですけど。
 「あまり、得意じゃないんですよ。アルコール」
 すると、霊夢は。
 「大丈夫よ。このお酒は特別なお酒なの」
 そう言って笑うのだ。
 しかし。
 「……見たところ、普通の日本酒ですよ?」
 「これから、特別なものにするのよ」
 そうして霊夢は酒を呷る。
 一瞬、そう、おそらくは2,3度舌の上で転がしているのだろう。
 そのまま――。

 「んっ――…………」

 唇を重ねられる。
 霊夢の舌が私の唇を割って。そのまま舌伝いに流れ込む。
 ふわり香るアルコール。
 「ダメよ。もう秋も終わり。夜は寒いんだから」
 「……暖めて、くれますか?」
 「おまかせあれ」
 二度目のキス。
 いつもは癖の強い匂いと、キツいアルコールで苦手だった日本酒だけど。
 霊夢がくれるそれは、また違った味わいで。
 もっと欲しい、と思えてしまう程度には魅惑的なものだったのだろう。
 「ぁん……」
 手を繋ぐ。
 薄目を開けてみると、閉じた霊夢の瞼がすぐ前に。
 同時に、私の口内からするり、と霊夢の舌が抜けていく。
 (逃がさない……)
 そう思った瞬間、私の舌は霊夢の舌を追いかけ。そのまま唇をこじ開けた。
 掴む手に力が籠もる。
 「んっ!?」
 驚きに開いた霊夢の目。薄目のまま、その瞳を正面から見つめて。
 そのまま、霊夢の中を蹂躙した。
 「んふ……ぅ……さな……ぇ」
 届く甘い声。
 (霊夢の……口の中……)
 酒精と唾液が入り交じった液体。それを舐め取るように、霊夢の口内に舌を這わせた。
 (美味……しい……)
 それは、私が生きてきた中で呑んだ、どんな酒よりも甘く。
 私をどこまでも貪欲にさせるほどに、蠱惑的に狂わせる。
 (霊夢……)
 霊夢の方に体重を掛け、神社裏の縁側に押し倒した。
 しっかりとつなぎ合わせていた筈の手は、衝撃を殺すために離れて。
 けれど、絡まり合った舌だけは離さない。

 ………………。

 アルコールに麻痺した頭は、私から遠慮を奪う。
 酒が欲しくて。もっと呑みたくて。
 霊夢が欲しくて。もっと愛したくて。
 愛が欲しくて。もっと触れていたくて。
 はてさて。一体全体、東風谷早苗は何に酔ったのか。
 酒か。霊夢か。恋か。

 ああ、きっと――全部だ。

 唇を離す。見上げてくる霊夢。
 その、潤んだ瞳に微笑みかけて。
 酒を流し込む。
 さっきの霊夢みたいに、舌の上で転がして――。

 「ん――――――」
 今一度。深い深いキスをした。
 


 それを、何度繰り返したか。
 「ん……あれ」
 いつしか本格的に酒精に犯され、覚束ない目で酒瓶を眺め。
 気付けば空だった。
 「それはそうよ。あれだけ呑んだんだから」
 あれだけ……ああ、そうか。霊夢が来たとき、この瓶は満杯だった。
 私達は結局、この瓶全てを二人だけで干してしまったと言うことか。
 「ふわふわします……世界と自分との間に……もやっと膜がかかってるような」
 「良い感じに廻ったみたいじゃない。真っ赤よ。顔」
 それは霊夢もなのだけれど。
 でも、幸せだったこの時間、あの甘い甘いお酒はもうないのか。
 そう考えると、少しだけ勿体なくもあり――。
 「あるわよ」
 「――え?」
 私は、声に出してはいなかったと思うのだけれど。
 そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか。
 「表。みんな呑んでは笑い騒いでる。
 ここにいるのは、勿体ないと思わない?」
 そう言って差し出された霊夢の綺麗な手に、私はそっと自分の手を添えた。
 立ち上がるとふらつく。
 「おっと。こら、ちゃんと立ちなさい」
 「あはは、ごめんなさい。ここまで酔えたの、始めてなもので……」
 引かれるままに歩き出す。
 繋いだ手と手。
 神社の向こう。境内の喧噪は未だ止まない。


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 あとがき

   実は、下の方にあるあやもみと裏表で話が繋がってます。