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レイサナ6

 冷たい水が体を伝い流れ落ちる。
 禊ぎ、水垢離。巫女である以上、穢れを墜とすのは当然である。
 しかし、いくら柔肌に水を流そうとも、体に廻った酒精は流れ落ちてくれないのだ。
 「ったく……」
 死屍累々。散乱するツマミ、こぼれて池になった酒、重なり合って眠りこける人、妖怪。
 祭りの後、ではない。後の祭りである。結局このアフターケア、ほとんど私がやることになるのだ。
 「頭が痛いわ……」
 酔ったせいでなく、もちろん未来が原因で。
 博麗神社の中から、大量の毛布を引っ張り出す。
 この宴会が始まる前、レミリアに頼んで紅魔館から借り受けたものだ。
 宴会が始まれば、眠らずともみな夢の中。
 力尽きれば、昼夜関係なく眠りこける。妖怪ならば風邪を引く程度で済もうが、最悪なことに今日は元旦だ。
 人間ならば凍えて死ぬだろう。
 「さて……」
 元旦、亥ノ刻の四ツ半。
 24時間前のこのくらいは、年の代わりに向かい無駄に盛り上がり、境内はそれはもう大変だったのに。
 今では24時間耐久宴会のせいで、まったくもって静かなもの。
 ふるり、と体が震えた。
 「さむ……」
 静けさは寒さを増させる。
 しかし、博麗霊夢は一週間前に風邪を引いたばかり。新年早々風邪引きはあるまい。
 それよりも寒いのは、風邪を引いたときに看病してもらって以来、彼女に会っていないためか――。
 その温もりを思い出すほど、求めるほどに寒さは増していく。
 以前も一度考えたことだが。
 どうして私は博麗の巫女で、彼女は守矢の巫女だったのか。
 お互いの神社が年末年始に向けての準備に追われ、最近顔も見ていない。
 (年の変わりくらい、一緒に祝いたかったなあ)
 ひゅう、と寒く強い風が吹いた。
 (妖怪の山の方……)
 考えていても仕方がない。
 こんな風が吹くのなら、早くみんなに毛布を掛けてあげないと。
 まず一組目。
 もつれあって殴り合いながら寝ている魔理沙とアリスだ。
 まったく、仲が良いのか悪いのか。
 次に、酒瓶を抱いて寝ているレミリア。
 こぼれた酒に顔半分つっこんで寝ている萃香と紫。
 橙に膝枕をして、自身も木にもたれて眠る藍。
 仲良く身を寄せ合って眠るチルノ、フラン、ミスティア、リグル、ルーミア。
 大妖精とレティは背中合わせに。
 一組ずつ、順番に毛布をかぶせていく。

 そうして、
 「これで全員ね」
 30分ほどかかったが、全員にぬくもりが行き渡った。
 「さて……」
 適当にあった酒瓶を掴む。
 今しばらく、眠るつもりはない。
 どうせなのだから、1日はずっと起きていてやろう。
 酒を呑みながら、二日への時間のトンネルを通るのも悪くない。
 いつもの縁側に腰をかけ、眠りこけるいつもの顔ぶれを眺めながら。
 さあ呑むぞ、と酒瓶を傾け――。


 暴風が吹き荒れた。


 先程、妖怪の山から吹き降りてきた冷たい風が、今度は大挙して押し寄せる。
 冷たい山頂の空気が、何者かの意志によって強制的に博麗神社へと流れ込む。
 そうして、その流れが止んだとき。
 その少女は、まるで客星のように境内に降り立った。
 「あけまして――おめでとう、霊夢」
 「ええ、おめでとう、早苗」
  ――突然空に現れる星を、客星と呼ぶらしい。
 それで言うのなら、まさに唐突に、山より吹き下ろす風に乗って。
 早苗はここまでやってきたのだろう。
 言葉が出てこない。
 別れてから早一週間。
 お互いの神社を優先するあまり、出会えなかった笑顔だった。
 月が私たちを照らす。もうすぐ中天に達する月読は、同時に日時の移り変わりを意味して。
 「――間に合って、良かった」
 私に向かって、笑いかける早苗の笑顔とほぼ時を同じくし、月は真上から私たちを照らし出す。
 もしここに、『星月を見るだけで現在の時間を知る程度』の能力を持つ人間がいたのなら。
 「1月2日、ジャストね」と言っていたに違いない。


 「早苗、こっちに――くしゅん!」
 せっかくお酒があり、せっかく早苗がいるんだ。二人で暖まろうとしたのに。
 寒さとくしゃみに邪魔をされた。
 ――水垢離なんてやったからだろうか。こんなことで、風邪がぶり返して欲しくはないのだけれど。
 「霊夢? 大丈夫ですか?」
 それでも私の意図は察したのか、早苗は私の横に腰をかける。
 少し前まで私は病人だったのだし、その時の心配もあったのかもしれない。
 「熱は……ないみたいですね」
 「当然でしょ」
 私の額に当てられた、早苗の手を払って。
 私は酒瓶を掲げて見せる。
 「でも、いい加減に寒いわ。二人で暖まらない?」
 そうして先にいっぱいの酒をあおり。
 いつもどおり。いつも、私たちがお酒を呑むように。
 私が早苗にすり寄って、早苗が私にすり寄って。
 味わった酒を、舌伝いに早苗の中へ流し込んだ。
 感じるのは、早苗の暖かさ。
 神奈子は、早苗は真面目すぎて、酒に逃げることもしない子だと言っていた。
 あるいは、本人が無意識のうちに律していたのか。
 呑む酒呑む酒すべてを吐き戻してしまう悪癖。
 酔うに酔えない地獄行。それが、東風谷早苗にとっての酒という飲み物だと彼女は言っていた。
 けれど。
 私は見つけたんだ。早苗を酔わせてしまえる方法を。
 神奈子はある日、私に問うた。
 どうやったら、早苗をそこまで酔わせられるのかと。
 答えられるはずもない。だって、あなたじゃ無理なことだもの。
 酒を呑むという苦痛を、快楽に変えてしまう魔法の薬。
 それが私だ。
 コップからもダメ。酒瓶からもダメ。
 早苗に酒を呑ませるための容れ物は――この博麗霊夢でなくてはならない。
 この幻想郷でも、私以外は知らないだろう。
 本当に酔いを回した早苗が、どれだけ――。

 離した唇に、つ、と唾液の橋が架かり。
 私はまた酒をあおり、二度目の口づけを敢行する。
 私は早苗の後ろ頭に手を入れ、私の顔に向かって抱き寄せて。
 早苗は私の背中に手を回して、離れないように強く強く抱いてくる。
 そんなことを、何度繰り返したか。
 酒の魔力よりも、ふれあいの快楽で足に力が入らなくなって、私たちは同じように縁側に転んだ。
 「霊夢」
 それでも早苗はお構いなしに、私と唇を重ねに来る。
 「ふぅ……ん……」
 私の口腔内を蹂躙する早苗の舌に、自らの舌を重ねて。
 頭を酔わせる快楽に身を任せた。

 ――私以外は知らないに違いないのだ。
 本当に酔いを回した早苗が、こんなにも貪欲な子だと言うことを。

 「ん――ん!」
 始めてから、何分経ったのだろう。
 私のあたまが快楽に酔いつぶされてから、時間の感覚なんて消し飛んだ。
 ただ、目の前に早苗がいればいい。
 もう、口の中は舐めつくされて。
 私の体を燃やすものが、酒なのか愛なのか分からないのに。
 早苗は、私をむしゃぶるのを止めようとはしない。
 ――たった一週間、会えなかっただけなのに。
 それだけで、こんなにも求め合うほどに寂しかった。
 「はぁ、あ」
 そうして、私たちはくちびるをはなして。
 片手で、遠くにあったあまり毛布を引き寄せる。
 「――ぁさまではぁ……いられるのね……?」
 「ぇぇ……」
 私の方も、ここと同じようなものですから、と早苗は言って。
 私の上に倒れ込んだ。
 その早苗の上から、毛布をかける。
 私には早苗という布団があるけれど、早苗には布団がないんだから。
 それに、せっかくの早苗の温もり、逃がしてしまうには惜しいじゃない。
 どうせだから、夜が明けるまで。
 このままお互いの温もりを逃がさずにいよう。





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 あとがき

   一年前の三箇日、俺は何をしていただろうか…。
 思い出せん、だせんぞー!