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レイサナ8 |
「あら?」 その本が気になって、手に取ってみた。 早苗がたくさん持っている、外の世界の珍しい本たち。 私がそれがいたく気に入ってしまって、時折それを読むためだけに守矢に遊びに来る。 早苗が漫画と呼ぶ、絵と文字を組み合わせた本の棚に、それは混ざっていた。 「何かしらこれ……。 えー、える……?」 タイトルは読めない。 私は魔理沙ほど本との付き合いもない。魔導書の類とも縁を持たない。 だから。アルファベットとかいう、日本の外側の文字を読み解く術もまた持ってはいない。 しかし、薄い本である。 こんな本では、中身もたかが知れているわね――。 そう考えても、見つけたものは仕方がない。 一度手に取ってしまった以上、中身を知らずに棚に戻すのはむずがゆいし。 それに、薄さ的に10ページもなさげである。 この薄さ……逆に何が書いてあるのか、気になるじゃない? そうして開いたページには、文字なんてものはひとつもなかった。 あるのは笑顔ばかり。 早苗と、知らないたくさんの誰かがいろんなところで笑っている。 それは白い枠線に囲まれて、いつかどこかの時を、そのまま切り抜いて保存したかのように鮮明な風景画だった。 これ、写真って言うんだっけ。 文がよくカシャカシャやっている、カメラから出てくるもの。 瞬間を切り出して絵にした、私たちから見ればまるで不思議な記憶装置。 次のページも、また次のページも、笑顔の早苗と知らない子たちが写っていた。 ここまで見れば、私だってHじゃあない。 この本自体が、写真と一緒に想い出を保存するものだということくらい察しがつく。 「ねぇ、早苗。これ」 そう言った私の声に振り向いた早苗は、 「ひゃあああ!? 何見てるんですか!!」 大あわてで、私の手から本をひったくってしまった。 「そんなに、見られて困るものなの?」 そんな私の言葉に対して、早苗ったら。 「困りませんけど……恥ずかしいじゃないですか」 なんていうものだから。 可愛くて、思わずくすくす笑いが漏れる。 「いいじゃない。とても楽しそうよ、早苗」 でも、これを、私が見たって楽しくない。 だって、私には早苗が笑っていること以外、なんにも分からないんだもの。 「ねぇ、教えてよ。 向こうの早苗はどんなだったの? 博麗大結界の向こう側は、どんな世界なの?」 ああ、興味がなかったと言えば嘘になる。 紫が使っていた、音楽を聴くための小さな機械のカタマリ。 あの時に見た、大きな機械仕掛けの式神。 守矢神社の社務所に転がる、もはやうんともすんとも言わずに眠るものたち。 そしてなにより、早苗の生まれた世界に――東風谷早苗を育んだ、その土壌とも言えるものを、私は知りたかったのだ。 「ねぇ早苗、これは何?」 私の肩口から覗き込む霊夢が指さすもの。 それは、とある遊園地での一幕だ。 私と友達たちが、海を背にして笑っている。 「ディズニーシーですね。中学の修学旅行の時の……」 「これは?」 「高校の文化祭です」 そうやって、霊夢の指を追いながら。 私はひとつひとつの写真に想いを馳せていく。 中の写真は、全て友達と撮ったものだ。 物心ついたときから、私の親代わりを務めたのは八坂、洩矢の両神で。 アルバムの中に、親と呼べる人と写ったものはひとつもない。 だから、東風谷早苗にとって。 友達というものは、とても大切なものだったんだ。 見ればすぐに思い描ける。 絵の具を入れたみたいに黄色い味噌汁と家庭科室。 原爆ドームの前で笑う、ちょっと罰当たりな私たち。 ミッキーマウスと取った写真。 飾り付けられて、すわ異界かと見まがうほどになった学舎の祭り。 その一瞬一瞬が確かにあったのだと、私の記憶が保証している。 ああ、住む世界を違えても、その友情だけは絶対に忘れない――。 「あ――れ?」 気が付けば。 頬を涙が伝っていた。 「なんでこんな――ちょっと待ってください、すぐに止めますから――」 けれど、私の思考とは裏腹に。流れる涙はいつしか止めようがないほど多くなって。 まるで滝のような波濤は、自分でもどうすることも出来ずに――。 私に出来ることと言えば、胸を裂く寂寥に、ただひたすら耐えることだけだった。 「――っ、く」 むせび泣く早苗の背中を眺める。 泣かせてしまったのは私だろうか。早苗を知ろうとした私の行為が、彼女の心の触れてはいけない場所に触れたのか。 早苗の涙は止まらない。 しかし、それを見る私の胸に去来するものは――早苗の泣き顔を見たくないという悲しみでなく。 泣きやませないといけないという使命感でもなく。 ――苛立ちと。恐怖。 自分でも分からない。 早苗の涙に、どうしてこんな感情を抱くのか。 結局、この感情の出所が分からないまま。私は早苗を思いきり抱きしめた。 「れい、む?」 細い肩の向こう。泣きながら振り向く早苗の肘にあたり、ぱさりと落ちて開く写真集。 そこに写る人々を、私はとても冷たい目で見る。 ああ、そうか。 早苗が向こうを想い泣くと言うことは。 早苗にはまだ、外の世界に未練があるということ。 私はそれが怖いんだ。 私を置いて、早苗が外の世界に戻ってしまうことが。 だから強く、もっと強く――力一杯抱きしめた。 「霊夢、い、痛いです……霊夢」 痛い、結構なことじゃない。 痛い限り、早苗は私を感じてくれる。絶対に、私の腕の中からいなくなったりはしない。 怖かっただけ。 これ以上早苗に向こうを見せると、本当に私の前から消えてしまいそうで――。 ああ、この写真に写る早苗の友達たちはきっと、こんなに張り裂けそうな思いをしたに違いない。 今、幻想郷から東風谷早苗が消えてしまえば、博麗霊夢に大きな穴が開くのと同じように。 だからこそ。 絶対に、返さない。 この子はもうこちらのものだ。 東風谷早苗は私のもので、守矢神社は幻想郷のものだ。 あんたたちがいくら神に祈れど、奇跡を願えど――早苗を返してなどやるものか。 あなたたちが感じた哀しみを、私が体験してなんてやらないんだ。 「霊夢……泣いてますか?」 早苗の声が聞こえる。 私は、泣いているんだろうか。 染みついてしまった恐怖は消えやしない。 こうして早苗を抱いた今ですら、その暖かさに安堵する一方。それを失う怖れが心をじくじく染み崩す。 確証が欲しい。 私が早苗に抱きついているだけではダメなのだ。 私は早苗を絶対に離さないけれど。早苗は私を離さないでいてくれるのか――。 「大丈夫ですよ」 早苗を抱いた私の手はさらに早苗の胸に抱かれる。 「私は帰りませんから、絶対に、どこへも行きませんから――」 そうして早苗は、言葉にだって、と付け加えて。 「霊夢が私を無くしたら、生きていけないように。 私だって、霊夢を無くしたら、もう――」 ああ、続きを聞く必要はない。 例えどこへいこうとも。お互いがお互いなくして生けないのなら。 私たちはきっと、どこまでも一緒なんだろう。 novel top ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき こういう女の子のどろどろした心の動きって萌えるよね。 嫉妬心って萌えるよね。 レイサナ9、4章編成の原因になるお話です。 |