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レイサナ9いちにちめ |
それは、まるで一晩の奇跡だったって父さんは言ってたけど。 お前が産まれて来れたのは、その子たちのおかげなんだぞって。 でも、この話を喋ったのは秘密なって言うけど。 もしその二人が雪女だったら、父さんは今頃氷漬けだろうと思う。 幼い頃、一度聞いただけの。私が産まれたときのおとぎ話。 列車は走る。とうに日が暮れた宵闇の中を。 私と霊夢の二人を乗せて、夜行列車は進んでいく。 「へぇ、こっちはけっこう早いじゃない」 「まあ、機械仕掛けですから」 車両には私と霊夢しかおらず、ボックス席は空きまくり。 それでも乗務員さんは、時折律儀にお弁当を売りに来る。 向かい合ったボックス席なのに、同じ方向を向いて座る巫女二人に若干不審の目を向けながら。 「気にすることはないわよ。こっちの方が幸せなんだから」 「まあ、そうなんですけど。 ああ、でも列車としてはもっと早いのもありますよ?」 「そうなの? 乗れるの?」 「いえ、今回はこれで目的地近くまでいけるので……」 目を輝かせて問う霊夢に、心の底で謝りながら事実を告げる。 霊夢は、ええ〜という顔をして、再び窓の外に目を向けてしまった。 「――あら、雪だわ」 霊夢からは、流れる景色が見えているだろうけど。 隣に離れて座っている私には、光の照り返しにより窓に写る霊夢の幸せそうな顔しか見えなかった。 「――ところで、そのもっと速い電車ってどれくらいなの?」 向こうを向いたまま霊夢は問うてきて。 「そうですね。東京〜大阪間の約573kmを、だいたい4〜5時間くらいですか」 私の答えにもまた、向こうを向いたままで。 「体感してみないと……わかんないわね」 まあ、それはそうだ。 573kmという距離すら、大きすぎてパッと想像するには苦しすぎる。 しかし、今はまだプロジェクトが発足したばかりみたいだけど。 幻想郷にいく少し前には、東京と京都の二つの都を、完全地下トンネルで繋いでその中を列車に走らせる計画が発足したとかどうとか。 使われるのは、今はまだ日本にない技術ばっかりで――決まっているのはヒロシゲ計画という名前と、十数年後完成予定ということだけ。 「早苗、早苗。お腹がすいたわ」 霊夢がそう言うのは、台車を押した乗務員が、先頭車両を引き返して来たからだろう。 「すいません、お弁当二つ下さいな」 1000円を突き出して声をかけると、一瞬の後にはお茶とお弁当は私たちのものになっていた。 「「いただきまーす」」 私と霊夢は声を揃えて。ぱきっと割り箸を割ってさあ、いざ食事だと言うときに――。 響くブレーキ音と、体を突き抜ける慣性。 法則に従い前につんのめり、危うくお弁当を取り落としそうになる私と、取り落とす霊夢。 「な、なんですかいったい!?」 「あ……ぁ……わ、私のお弁当……う……うぅ……。 ……そうよ……地面についたのは表面だけ……まだ、この底にあったほう……今上を向いている方は食べられるわ……」 そんな私たちに、車両についているスピーカーは。 「――当列車は、大雪により次の駅にて一時停車します、繰り返します……」 そんな事実を伝えてきた。 トンネルを抜けると雪国だった? いいえ、列車を降りると大吹雪です。 そんなこんなで止まってしまった列車から降りると、出迎えたのはまさに大雪。 運の悪いことに、この列車は低気圧の真ん中に飛び込んでしまったようだ。 ああ、お金をケチって、寝台車のない夜行列車にするんじゃなかった。 しかし、今後悔してもしようがない。 恨むなら、霊夢とならボックス席で肩寄せあって寝るのもいいかな、と考えてしまった私の脳だ。 「……どうするの? 早苗」 「そうですね……」 時は既に夜。とりあえず、泊まるところを探さないといけない。 けれど、駅舎の外は一面に田んぼが広がる田舎。 ビジネスホテルなどあろうはずもなく、旅館を探すのにも苦労しそうだ。 留まれど事態は好転せず。折りたたまれて小さくなった早苗ちゃんエンペラーを引きずって、歩き出そうとする私たちに――。 「お嬢さんがた、泊まる場所をお探しかい?」 駅員の人が声をかけてきた。 その人が声をかけてきた事にも驚きだが、こんな田舎駅に駅員が居ることも驚きだ。 田舎の鉄道業は経費削減のために、一部の主要な駅にだけ人を置く。 そこから、他の駅の券売機などを遠隔操作しているらしいのだけど――。 駅員の人に促されて、外に出てみて分かった。 ――券売機がない。つまり、未だに人の手で切符を売っている駅なのだ。 「泊まるところがないなら、うちにくるかい? ああ、心配はしないで良いよ。家内もいるから」 見ず知らずの私たちに、そう言ってくれることがまた嬉しくて。 なおかつ今の状況、この機を逃せば、凍死でもしかねない勢い。 私たちに選択権はない。 その駅員さんの勧めに従って、今日一晩を泊めてもらう。 明日の朝には列車も動き出すだろう。 「――そうなの。修業の旅に。巫女さんって大変なのね」 膨らんだお腹を手が撫でる。 「……! 今動いたわ」 噂の家内さんは妊婦だった。十月十日ももうすぐ。そろそろ子供は生まれてもおかしくない頃合いらしい。 ――泊めていただいた上に、夕食にビーフシチューまでご馳走になり。 晩ご飯が飛躍的なランクアップを遂げたためか、霊夢もいつにも増して上機嫌。 さっきから聞かれる質問にはスパスパと答えてしまっている。 最後には、なんで女の子二人旅なんか、という質問に対し、自分たちは修業の旅に出ていると嘘八百並び立てる始末。 「……閻魔様に、いろいろ抜かれても知りませんからね?」 小声で耳元に耳打ちするけど。 「大丈夫よ、あのチマこいのなら、夢想封印で吹き飛ばすから」 そういう答えが返ってきた。 チマこい閻魔って誰だろうとか思う私を尻目に、霊夢はさっきから、産まれてくる子供に夢中。 ちっとも私の相手をしてくれなかったりする。 ――正直、ちょっと妬けてきた。 「ああ、ちょっといいかな早苗ちゃん」 そんな私に、かかる声がある。 「はい、なんですか――」 声をかけたのは駅員さんで、名前を呼び返そうとして、私はそれをど忘れしていることに気付いた。 ……あれ。さっき、表札を見て覚えたはずなんだけれど。 東風谷と同じく三文字三音、日本でもなかなか見ない珍しい名前――。 「君たちの布団を敷きたいんだけど、手伝ってもらっていいかな?」 「あ、はい。すぐ行きます!」 ――まあ、それでも。 二人で寝た方が暖かいので、布団はひとつでいいですと適当な言い分をこねる私も私なんだけど。 しかもそれを、旅する上での暖を取るひとつの手段だと勘違いされるし。 私の策略とはいえ、ひとつ布団の中にいれば暖かいのは事実。 目の前で寝ている霊夢の睫毛のいっぽんいっぽんが、この暗闇の中でもしっかり見える。 「早苗」 「はい?」 そこにかかる霊夢の声。 眠っていたというのは私の勘違いか。気付けば彼女はその目で私を真っ直ぐ見つめて――。 ――キスを。 「――ん」 つ、と唾液の糸が引いた。その唇で。 「やっぱり、キスで赤ちゃんは出来ないわよねぇ……」 とんでもない爆弾発言をかました。 「〜〜〜〜!?」 もうどう言えばいいのか分からない。 キスの悦楽より、そっちの言葉のインパクトが私の思考をかき乱す。 霊夢は何を言っているの? そんな私を尻目に、霊夢は寝返りをうって向こうを向いて。 「……出来たら楽なのになぁ……」 さらなる一言。追い打ちの一言。 そんな事が出来てしまえば、今の私たちは子だくさんですよ霊夢。 再びの寝返り。霊夢はまた私を正面から見つめて――。 「早苗もそう思わない?」 ――ええ、思いますとも!! ――そう考えた思考は、けれど口からは出なかった。 爆弾発言に浮かれていた思考は、いとも簡単にクールダウン。 「――思いますけど――」 けど。 その続きを紡ぐ前に、霊夢をこちらに抱き寄せる。 私の方が少しだけ背が高いので、霊夢の頭を抱きかかえる形に。 「――今は、いりません。霊夢だけで十分です。 それに――」 ああ、この一言も、かつてあんな夢を見た私が言える事じゃあないんだろうけれど。 でも、さっき――下の階で。膨らんだお腹に夢中の霊夢を見て。 ――赤ん坊にすら嫉妬する自分を知って。 ああ、こんなんじゃあ――まだ子育ては無理そうだな、と思ってしまった。 「ダメですよ。子育てなんかしちゃあ。 私、霊夢がかまってくれないと、寂しくて死んじゃいます」 「……じゃあ、しょうがないわね」 その言葉と同時に、私たちはお互いに抱き合って。 私の胸に埋もれたまま、 「――まあ、確かに。早苗が子供ばかりにかまけてしまうと、私も死ぬかも知れないしね」 ――寂しくて、と。 聞こえないくらいに、小さな声を――。 「――――――――――――――――――――――――――――――――!!」 悲鳴が、裂いていった。 階段を駆け下りて、悲鳴のもと――夫妻が眠る部屋に入った私たちが見たものは。 仰向けに仰け反って苦しむ、お腹の大きい女性の姿。 それは、苦しんでは楽になり、また苦しみを繰り返す――尺取り虫みたいな姿。 一瞬、何が起こっているのか分からなかったけれど。 「――うそ、陣痛……?」 霊夢の一言で、全ての状況を理解した。 陣痛とは、赤ん坊を押し出そうとする子宮の動きに他ならない。 この、定期的に痛みの来る症状はそれ以外に考えられない。 「びょ、病院は!?」 「この近場のは、この時間に診療してくれない……。 北の山を越えた都会の、大病院なら深夜をやっていると思うけれど……」 この雪が邪魔をしている。 天気予報では、明日の朝には止むと言っていた。 ――明日の朝っていつ!? 時間は0時を回っている。 明日の朝を夜明けと定義しても――6,7時間は優にある――。 何よりも、母体も心配だけれど。 産婆も無しに、産まれた赤ん坊を――こんな三人がどうにかできるのか。 路面は凍った。雪にも塗れた。車は走れない。 近くに病院もない。 電車――? 動かないことは、私たちが一番よく知っている! 打つ手無し。現代科学でできるのはここまでだ。 現代科学では。 「――早苗」 霊夢も同じ事を思ったのか。 「――すいません」 私はしゃみこんで、私たちを快く泊めてくれた人の目を真っ直ぐに見据える。 一宿一飯の恩義と言おう。 たとえそれがなかったとしても――私たちは、同じ事をしただろうけど。 「これから起こることを、誰にも口外しないと――約束して貰えますか」 「それは――いいけれど、君たちは何を」 その言葉を遮って。 「説明は後でします。奥さんに、出来る限りの暖かい服装を。 あと、暖を取れるもの――ホッカイロあるだけください」 「――これやりすぎじゃない?」 あきれる霊夢。そう、私たちの視線の先にあるものは。6,7重の服と毛布に捲かれて、芋虫みたいになった奥さんだ。 ついでに服と毛布の隙間にはこれでもかというくらい、ホッカイロが詰め込んである。 「○○病院が、深夜外来を受け付けているはずだけど……」 「ありがとうございます。一足先に行きますね。 夜が明けてから、車で来てください」 「早苗、奥さんは私が任されるから。ビョーイン?ってのを探して。 私じゃ分からないわ」 霊夢が奥さんを抱き上げて、少しだけ浮いた。 「――え?」 それを見て、駅員の人は少しだけ驚きの声を上げるけど。 私は気にせずに、外へ通じる大きな引き戸を開け放った。 「――うわ!?」 吹き込む風、雪。吹雪と呼ばれる自然現象。 けれど。 今は、そんなものに負けては居られない。 ――空間の温度が下がる。 吹雪のせいでなく、神聖さを得たからだ。 神社に入った際に感じるあの、静謐にしてしっとりと肌にまとわりつく、外界より切り離された異界感。 現人神たる私を中心に、その空気は吹き出して。 「ふっ」 足取りも軽やかに、先に霊夢が空へと飛んだ。 「――では、口外の件、よろしくお願いします」 そうして、残った私は体中に風を纏わせて。 向こうでは当然のこと、けれど、こちらでは異端の力。 それを、この世界の人々はこう呼んだ。 自分には出来ないこと、神聖を以て行使する超常。 人は私に奇跡を求めて。 私はその奇跡を叶え続けて。 そんなこと、もうしないと思っていたのに。 「〜〜〜〜」 秘術の祝詞が、吹雪に乗って流れて行く。 私の後ろの彼が、今やただ一人の目撃者。 さあ、刮目して見よ。現人神東風谷早苗の『空を飛ぶ奇跡』を――。 振り返りはしない。 彼が、同じ人間である彼が。 私に向かって手を合わせる姿など――見たくはなかったからだ。 「早苗、どっち!?」 空の上では、視界はゼロに等しかった。 目の前は一面の白。 雪と風しかない視界の中で、私は駅員さんの家から拝借したコンパスを取り出す。 「――奇跡を」 呟く声は風に消され、けれど確実に世界に届き。 針は北を指した。 正確には――病院を指したのだ。 「こっちです!」 そうして、その方向に真っ直ぐと。 邪魔するものは風のみ。 頼りに進むは手のひらの小さな羅針盤。 障害物は何もなく、雪でそれと気付かぬまま私たちは山を越えて――。 「なん、て、風……なにこれッ!?」 「これが、幻想郷の外の『街』です、気にしないで! 病院に!」 初めて見る霊夢の目に、ビル街はどう映ったのだろう。 珍しそうに、雪の向こうにうすらと見えるビルの影を気にする霊夢。 そうして、私たちは。 摩天楼を飛び。 摩天楼を裂き。 摩天楼を抜けて――。 「ありました、あそこ――!」 目的とした病院の敷地に降り立った。 目の前の自動ドアの向こうは、薄暗いけれど。確かに深夜外来の文字が薄く光っている。 示し合わせる時間も惜しい。 迷うことなく、自動ドアを抜けて――。 「急患です、産まれそうで――!!」 ナースステーションに待機する看護師たちの動きが、にわかに忙しくなったのが分かった。 奥さんを病院に預けて。ひとまず、私たちは自由になった。 「とはいえ……ねぇ?」 この雪だ。どこへもいけやしない。 それに、そろそろ1時になろうとする頃合い。私も霊夢も、そろそろ睡魔に負けてしまいそうだ。 「――寝ましょう早苗。あそこでいいわ」 霊夢が指さすのは、待合室のベンチ。 ああ、なんて幸運。なんて奇跡。 霊夢と肩を寄せ合って眠るという私の小さな願いは、こんな形で叶ってしまった。 「早苗、ちょっと早苗」 「んぅ……霊夢?」 朝の光が、病院の中に差している。 ああ、夜は明けたんだ。 私が立ち上がると、誰かがかけてくれた毛布がするりと滑り落ちた。 「雪……止んだんですね」 「これで電車も動くわね」 ――ああ、その前に。 早苗ちゃんエンペラー、回収しないと。あの家に置きっぱなしだ。 ――おめでとうございます、宇佐見さん。可愛らしい女の子ですよ! その言葉を聞いて、まずやらないといけないことが、待合室で眠っている彼女たちへの報告だろう。 あの二人がたまたま、うちに泊まっていなければ。どうしようもなかったのだ。 朝の光の中を走る。 子供の名前も伝えておこう。あの二人には知る権利がある。自分と妻が、ずっと心の中であたためていた名前――。 けれど、少女二人が眠っていたはずのベンチには、既に人影はなかった。 かけられていた毛布だけが、わずかに人の形を残してかけられているだけ。 まるで――朝の光に融けて、消えてしまったみたいに。 礼のひとつも言わせる暇もなく、二人は消えてしまっていたんだ。 それは、まるで一晩の奇跡だったって父さんは言ってたけど。 お前が産まれて来れたのは、その子たちのおかげなんだぞって。 でも、この話を喋ったのは秘密なって言うけど。 もしその二人が雪女だったら、今頃氷漬けだろうと思う。 幼い頃、一度聞いただけの。私が産まれたときのおとぎ話。 この話を、目の前で紅茶を飲む彼女にしてもいいんだけど。 今日は、もっと良い話題があるのだ。 「遅くなってゴメン!」 「2分19秒遅刻」 ああ、彼女は本当にどうでもいいことにこだわる。 それよりも私は、さっきからこれを言い出したくてうずうずしてて――。 「そんなことよりメリー、博麗神社にある入り口を見に行かない!?」 ――博麗霊夢の誕生日まで、あと2日? novel top ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき 実は一番最初に思いついたのは、「ふたりが摩天楼を飛んでいくシーン」。 他の3つのお話は、このシーンを書くためだけにふくらました結果だったりする。 |