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レイサナ9(おたんじょうびおめでとう!)

 そうして、砂浜に轍を残して。
 私たちは辿り着いた。
 「…………!」
 早苗ちゃんエンペラーの停止も待たずに、私は飛び降りて、波打ち際へと走っていく。
 ぱしゃりという水音。
 ああ、今は冬だって言うのに。水が冷たいとか靴に水が入るとか、そんなことすら気にせずに――。
 くるぶしを波にさらして、私は立ち止まった。
 来たんだ。幻想郷に生まれ付いた限り、見ることは無いと思っていた夢の地に。
 陸地の外を囲む、大きな大きな湖に。
  昇り行く月の明かりが、空に一本の線を引く。
 後ろから、あれが水平線ですよ、と早苗の声。
 ああ、そういえば、海に来たら確かめておきたいことがあったんだ。
 足下の砂をさらい、足を埋める波に手をつけて一言。
 「なによ……紫の嘘つき。しょっぱいって言ってたのに、めちゃくちゃ塩辛いじゃないコレ」
 こんな水じゃあ、痛くて目も開けていられないんじゃない?
 「海は、昔からこんなですよ?」
 同じように足を浸けて、早苗が横に立ち並ぶ。
 「――――そう」
 その手を、きゅっと。少しだけ強く握った。
 さざなみは母の鼓動にも似て、一定のリズムを繰り返す。
 これに、この広さに感銘を受けない者などいないだろう。
 青い月の照り返しを受けてなお暗い、深い闇と優しさに満ちあふれた水面を。
 ――ああ、これこそが。
 少女が見た、生命の原風景。





 「どうですか? 海は」
 私の声に、霊夢はそうね、と一拍を置いて。
 「――ダメね、言葉にならない」
 そう返してきた。
 「――ここから先は、行けないのよね」
 残念そうに霊夢は言う。
 人間の限界はここ。あと10メートルも沖へ行けば、急に深くなる海に私たちはのまれてしまう。
 あと少し、寒さに耐えるのなら。二人で肩当たりまでは漬かれるのだけれど。
 「行きたいですか、もっと沖に」
 「行きたいわ、もっと彼方に。あの線の向こうに。でも」
 無理でしょ、と嘆息する。
 そんなことはない。霊夢が願えば、私はいつだってそれを叶えられる。
 叶えられるだけの、力がある。
 「じゃあ、行きましょう。足の動く限り、体力の続く限り」
 あの月を追いかけて、海の果ての果ての果ての――水平線の向こうへと。
 霊夢の手を引いて、一歩を踏み出す。海に踏み込んで、けれど、私の足は水に触れずに。
 水が、勝手に――私たちを避けてくれる。
 「……え?」
 驚く霊夢を引っ張って、半ば無理に沖へと連れ出していく。
 一歩二歩と歩が進むうちに、水は私の腰に達し、胸に達し、肩に達した。
 けれど、濡れはしない。
 私と霊夢を避けるように、私と霊夢のために道を作るために、水は真っ二つの壁になる。
 そうして、海面が私の頭を上回った瞬間――。
 轟音を撒き散らして、水という水が開海した。
 まさに奇跡と言える光景だろう。消失点へと向かう水の壁の奥に。確かに地平線が見える。
 海の割れる日。誰にも知られずに起こる奇跡。
 赤い絨毯はないけれど、私たちだけのヴァージンロードの完成だ。
 「――さぁ」
 くい、と霊夢の腕を引く。
 されど足は動かさず。霊夢が私の横に並ぶのを待って――。


 二人同時に、同じ道を走り出す。
 手は固く繋いだまま、視線だけを矢のように飛ばして。
 少女は二人、地平の先まで走っていく。
 


 そうしていつしか、私たちは走るのにも飽きてしまい。
 水の壁の中でくるくる、二人でダンスを踊るのだ。


 互いの手と手をつなぎ合わせ。互いの目と目を離さずに。
 観客は、時々水の壁の中を泳ぐ魚群と、真上に陣取ったお月様だけ。
 くるくる。くるくる。
 もう陸も見えない海の果て。2匹の蝶が菜の花の上をひらひらと舞うように――。
 そしてダンスにも飽きた頃に、私たちは互いの腕の中に飛び込んで――そのまま眠るように倒れ込んだ。
 私と霊夢の視界の中、月時計はひたすらに歩を進める。
 あの月が本当に私たちの真上に来たときこそが――。
 「――早苗、どうして水面が夜、月に近づくか知っている?」
 「地球の水が、月の引力に引かれるからでしょう?」
 と、こう見えても私、理科は得意だったんです、と胸を張るけれど。
 次の霊夢の言葉で、そんな威勢は吹き飛んだ。
 「違うわ。海神(わだつみ)が、月を掴みたくて手を伸ばすからよ」
 ――住吉三神、って言うんだけどね。
 付け足される言葉。底筒男命、中筒男命、表筒男命。
 三柱の海の神は、夜空に浮かぶ綺麗な月を他の誰よりも先に掴もうと、三柱三様に手を伸ばす。
 でも、彼らだって疲れてしまうから。お昼のあいだは、誰もがその手を引っ込めた。
 三柱の中の誰が月を取ろうが、恨みっこ無しだぞと言い含めて。
 それが海の潮を満たすのだと、霊夢は言う。
 だったら。
 月へ行くロケットに、アポロなんていう太陽の神様の名前じゃなくて。
 住吉の神様の名を頂けば、あの国はもっと早くに月に行けたんじゃないだろうか。
 「――そうね。海に来たんだから。次は月ね。
 新婚旅行は月にしましょう、早苗」
 「いいですね、月旅行。あ、でもいくらくらいするんでしょう」
 「ロハに決まってるじゃない。スキマ旅行なんだから」
 そうやって、軽口を叩いているあいだに。
 月は真上に到達して――。
 ――日付が変わる。
 昨日になった今日、今日になった明日。そしてこんにちは。
 「霊夢」
 「……なぁに?」
 ああ、私たちの旅もここで終わり。だって、目的は果たされてしまった。
 「――お誕生日、おめでとう」
 仰向けの霊夢に、うつ伏せに被さるようにキスをして――。
 奇跡は解ける。さあ、夢の出口はすぐそこに。
 そろそろ、あの理想郷へと帰らないと。
 私たちのための道は消え、海は海へと戻り、静寂を取り戻す。
 私たちはなすすべもなく波にまかれて海へ沈み――けれど。
 冷たい海水の中で、抱き合ったお互いの温もりを標に。
 離れない唇を息の糸にして――。
 母に抱かれて、水流に揺られて――。











 「――死ぬ気!? このバカ巫女ップル!」
 いつのまにやら、二人とも全身ずぶ濡れでスキマ様のお説教タイムの中にいた。
 「いいじゃない、そんなに怒らなくても。紫なら助けてくれるって信じてたから、あんなこと出来たのよ?」
 「それとこれとは話が別! 守矢のも守矢のよ! 心中だなんて神様ズが泣くわよ!」
 「はい、すいません……」
 そんな私たちをぷりぷり怒りながら、八雲の妖は言うのだ。
 「冬眠からをたたき起こされて、バカップルの突然の旅行計画に巻きこまれて、なおかつアフターケアだなんて……ああ、もう……やってられないわ!
 どう考えても厄年よ!」
 そして、さらに喰らわせられる大目玉をなんとか流しながら思うのだ。
 どうでもいいことなんだけれど。
 こんなに怒られるのなら、やっぱり帰りは怖かったな――、と。






 ――――Happy BarthDay!!











 以下おまけ。八坂神奈子様の日記より抜粋。


 いちにちめ。

 早苗が博麗の巫女と旅行に行った。
 仲睦まじいのはいいことだ。
 一瞬私たちの生活が心配になったが、そこは流石の早苗。
 谷河童に私たちの食事を依頼してくれていたのだ。
 「盟友の頼みとあっちゃ断れないね!」
 と河童もやる気。早苗以外が作る食事は久々だ。胸が躍る。
 
 

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 ふつかめ。

 味も、バランスも申し分ない。
 しかし、こうキュウリ三昧だと流石に飽きが来る。
 にとりは非常に楽しそうに作っているうえ、今世話になっているのはこっちだ。
 断るのも心苦しい。
 諏訪子と相談したところ、酒があればつまみ感覚でキュウリくらいいくらでも入るんじゃないかという結論に達した。
 それだ、諏訪子頭良いわね。



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 みっかめ。

 限 界 だ ! !
 もうキュウリは嫌! 最後の逃げ道が、酒が、酒が!!
 それだけが救いだったはずなのに、なんだあの緑色の泡立つ液体は!
 キュウリ味のビール!? どうやって作るのよそんなの!
 私たちが愚かだった! 食卓に逃げ道はなかった!
 私たちが逃げる場所は、この森の小道しかなかったんだ!
 ああ、見えた! 赤提灯が見えた、ヤツメウナギの文字も見えた!
 諏訪子、しっかりしなさい、今すぐキュウリじゃないご飯をお腹いっぱい食べさせてあげるから!!




 “夜雀の屋台へ行ってきます。
       神奈子・諏訪子”

 三日ぶりの守矢社務所の扉には、こんな紙が貼ってあった。
 ……何があったんでしょう?



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 あとがき

   4部作終了。
 最後の二柱はそのなんだ、アレだ。