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むかえにいくよ |
「「気が付いたら、見てたんだ」」 「とても寂しそうに佇んでいて」 「とても楽しそうに笑っていて」 「絶対にあの子を――」 「私もあんな風に――」 「笑わせてやろうって思ったんだ」 「笑ってみたいって思ったんだ」 ―大妖精― 「金髪の、女の子?」 うん、とチルノちゃんは頷いた。 チルノちゃんが、リグルちゃん、ルーミアちゃん、ミスティアちゃんと遊ぶのはいつものこと。 そこに、時々橙ちゃんが混ざっていたりする。 そんな私たちの日常。 けれど、そんな日常の中に、見てしまったみたい。 あの子たちは、雨の日でも構わずにはしゃぎまわるけれど。 そんな雨の日に限って、紅魔館の窓に、女の子が佇むというのだ。 それを見たのはチルノちゃんだけ。気付いたのはチルノちゃんだけ。 一回や二回ではないらしい。雨が降る度に、その少女は紅魔館から、遊ぶ私たちを見下ろしている。 チルノちゃんはそう主張する。 きっと次の雨の日も、次の次の雨の日も。 ……背筋がちょっと寒くなった。 「やっぱり、怪談の類だって。それは」 「リグルは見てないからそう言うのよ! 絶対見た、絶対いた!」 「でも、雨の日だけだし……そういうと怪談っぽくもあるよねぇ」 「橙まで……うー、絶対いたもん! いーよ、みんなが信じなくても、あたい一人で確かめるから!」 「でも、紅魔館に金髪の人はいないよー?」 「う……き、きっと、隠されたメンバーがいるのよ! 何らかの事情で!」 「むしろ紅魔館の話は止めて! トラウマが、フライドチキンのトラウマが!」 そして、議論は平行線。 金髪の少女はいる、と主張して譲らぬチルノちゃんに対し、私こと大妖精を含んだ他の5名は半信半疑。 私もここ霧の湖で暮らし始めて長いけれど、そんな子は見たことがない。 そして。 「ううっ……だ、大ちゃぁん……」 チルノちゃん。そんな泣きそうな顔で助けを求められても、私も信じてるワケじゃないんだよ? でも、自分が知らないからって突き放すのも可哀想。 それに、まだ本当に。私たちがその少女のことを知らない可能性だってあるんだから。 「じゃあ、ちょっと調べてこようか?」 その言葉に、チルノちゃんの顔に花が咲いた。 こんな一言で、この笑顔が買えるなら安いもの。花一輪、一ギルになります。 「調べるって、どうやるの?」 リグルちゃんの疑問もごもっとも。 でも、幻想郷には住人のことを調べる上で、役立つ物があるのです。 「で、大ちゃん。この本は何?」 「汚さないでね。無理言って借りてきたんだから」 私たちの目の前には一冊の本。表題には、幻想郷縁起の文字が躍る。 この本は、幻想郷の住人達の紹介を目的としたものである。 私がそう説明した瞬間、みんな思い思いのページをめくった。 「えと……あった! ってええ……? 幽香はこんなに怖くないよ……?」 「そんなことより私のページはどこ!? これで人間友好度が最悪とか書かれてたら売り上げが……いやあああああああ、悪――!?」 「私たちのことも載ってるのかー」 「ら、藍さまは? 藍さま!」 ああ、そんなにがっつかないで。 うっかり破いちゃったら大目玉なんだから。 この本を借りてくるとき、貸し出し相手が妖精と聞いて、少し苦い顔をした稗田さんの顔を思い出す。 確かにこんな調子では、不安になっても仕方ないかもしれなかった。 「ちょっと、みんな、本題を忘れないでよ――!」 鶴の一声。チルノちゃんの声により、みんなの意識がそちらへ集中した。 視線の先のチルノちゃんは、腕を組んでご立腹。 「紅魔館の金髪少女の話はどうなったのよ!」 「チルノちゃん。それなんだけど」 ここを見て、ととあるページを開いた。 半妖の次のページ。見出しに書かれる文字は 「吸血鬼……」 チルノちゃんが読んだことを確認して、さらにページをめくる。 1、2、3ページ。 私たちもよく知る、紅魔館の主レミリアの紹介を過ぎて。 チルノちゃんしか知らなかったその少女は、ようやく私たちの前に姿を見せた。 「フランドール……」 「スカーレット……?」 ミスティアちゃんとリグルちゃんが、同時に小首をかしげる。 「チルノちゃん、この子?」 本には、薄い黄色の髪を持つと書かれている。金髪、と表現したチルノちゃんの目撃談にもぴったりだ。 私としては、確認するまでもなく当人だと半ば確信しているんだけど――。 「うん、間違いないわ! こいつよこいつ! ありがとう大ちゃん、あたい信じてたからね! ……ほぉうら見なさいよ! ちゃんと居たでしょ?」 えへん、とチルノちゃんがふんぞり返る。 けれど、そんな楽しそうなチルノちゃんは、いつまでも続かなかった。 「うん、でも……寂しい子だね」 本をずっと覗き込んでいた、橙ちゃんの一言。 その一言がチルノちゃんの興味を、『フランドールが居るかどうか』から、『フランドールそのもの』へとシフトさせる。 「寂しいって……どうしてよ」 訝しむチルノちゃんに対して、橙ちゃんは、 「だって、ほら……」 本の内容を指さし、続きを読むように促すのだった。 ――チルノ―― 橙の指。赤い爪が少し長くて、ピンク色がかかった綺麗な手。 その先を、あたいの目は追っていく。 「紅魔館の中でも仲の良い妖怪は少なく、常に孤立している。姉のレミリアですら、一緒にいる姿は余り確認されていない」 本を読み上げる大ちゃんの声が、それをさらに追いかけて。 「一緒に遊んでも、作った物を片っ端から壊されてしまうので、誰も遊んでくれないのだろう」 フランドールという女の子の、今の状況を浮き彫りにしていくんだ。 「パーティーにも、参加しない……これって」 「ひとりぼっち、っていうことなんじゃないかなぁ……」 橙の言葉に、あの時のフランドールの姿がよぎる。 あたい達を見下ろした瞳。 哀しそうな、それでいて羨ましそうな顔。 そこに浮かぶのは、どんな感情だったっけ――。 「――行こうよ」 知らないうちに、口からついて出ていた言葉。 「この子に会いに行こう、遊びに行こう!」 答えを聞く必要はなかった。 横にはリグルが立っている。 大ちゃんは、本をたたんで服の中にしまっていて。 みすちーと橙は、紅魔館の方向を指さして雑談中。 ルーミアは、相変わらず真っ暗で、何を考えているか分からないけれど。 「早く行かないのか――?」 みんなきっと、考えたことは一緒なんだ。 ――誰も、遊んでくれないのなら。 自分たちが、遊んであげればいい。 物を壊したくらいで、嫌いになんてなるもんか―― でも、そう簡単にはいかなかった。 「ダメです」 めーりんの姉ちゃんが、なぜか通してくれない。 さっきからあたいたちは、フランドールと遊びたいだけだって。何回も説明してるのに。 姉ちゃんはさっきから、危ないからダメです、の一点張り。 「……何か、おかしくない?」 そんな中、リグルが口を開いた。 「危ないって、何が危ないのさ」 リグルなりに、疑問に思うことがあったんだろう。 「フランドール様がです」 「そこが分からない。なんで、フランドールが危ないの?」 「……なんでも、壊してしまうからですよ」 「でも――」 「あなた方は、分かってないんです!」 突然に、姉ちゃんは語気を荒げる。 私たちはその勢いに、一瞬だけ押されるけれど。こっちだって納得出来なきゃ帰れない。 すぐに気を取り直す。 ところで、分かってないって。私が、リグルんが、大ちゃんや他のみんなが。 何が分かってないというんだろう。 「みんなで苦労して作った物を壊されるなんてのは、序の口です。 フランドール様は、他者に対するコミュニケーションすらまともに取ることが出来ない! 物を壊されるのならまだいいんです。下手をすると、あなたたちが壊されてしまうかもしれないんです!」 そう言うめーりん姉ちゃんの目は、とても真剣で。 その瞳の奥には、様々な感情が渦巻いている。 あたいに読み取れたのは、その中にあるたったふたつ。 恐怖と怒りだけだった。 「お願いですから、フランドール様を刺激するようなことをしないでください。 私を困らせないでください。 あの方は、時折発作を起こされます。 地下に閉じこめていますが、あまり意味はありません。 暴れ回って壊しまくって……雨を降らせて紅魔館の外には出さないようにしていますが。 先日は、館内部のほぼ半壊。妖精メイド達も三分の一ほどいなくなりました。 そんな存在なんで――」 「ちょ、ちょっと待ってよめーりん!」 止めなきゃダメだ。この先を言わせちゃダメだ。 今まで、あたいたちには分からなかった。 フランドールをどうして閉じこめるのか。 どうしてそんなに怖がるのか。 ――それを分かってしまった。 自分のためなんだ。 フランドールは簡単に、他の人を壊せちゃうから。 壊されたくないみんなは、フランドールを遠ざけたんだ。 嫌な予感がする。フランドールはもしかして、あたいたちが思ってる以上に……。 「ねぇ、えっと……紅さん?」 でも。 あたいが見るのを止めようとしたそこへ、みすちーが踏み込んだ。 「あなたは、そのフランドールのこと、どう思ってるの?」 やめて。やめてみすちー。 あたいはそんなの聞きたくない。 そうやって孤立したフランドールが。 紅魔館のみんなにどう思われてるかなんて、あたいは知りたくない。 「教えて」 けれど、みすちーの言葉には力が籠もる。 ……怒ってるんだ。やっぱりみんな、同じ結論に辿り着いちゃったんだ。 「……決まってますよ。 あの方が暴れなければ、紅魔館は平和なんです。メイドたちや門番隊のみんなも、消し飛ばされずにすんだんです」 そうして、めーりん姉ちゃんの唇は。 その、決定的な一言を紡ぐ。 「あの方がいなければ――いえ、フランドール様なんて……」 聞いてられたのはそこまで。 考える前に、あたいは走っていた。 姉ちゃんの横を抜け、紅魔の広い庭を抜け、目の前の扉へと一直線に向かう。 「チルノちゃ――」 「チルノちゃん!!」 姉ちゃんの言葉を遮って、大ちゃんもあたいに追いついてきた。見れば大ちゃんはリグルの手を引いている。 嫌だったんだ。めーりん姉ちゃんには、あの言葉の先を言わせたくなかった。 そんな現実を、あたいに教えて欲しくなかった。 その言葉の意味するところは一つだけ。 めーりん姉ちゃんは、フランドールを疎んでいる。 紅魔館の中の人たちも、きっと同じように疎んでいる。 いつ、館と一緒に壊されるか分からない日々の生活。 家の中に、勝手に爆発して全部を吹き飛ばす、究極の破壊スペルカードがあるような生活。 そんなに、あたいだって嫌だ。 でも……嫌だからこそ分かる。 それと一緒に住んだ場合、どんな対応をするかくらい。 思い切り遠ざけるだろう。拒絶するだろう。できればいない方が良い。でも追い出すことはできない。 じゃあ、力づくでも爆発しないよう押さえ込む。いないものとして扱うかもしれない。 本人の意志なんて関係なく。 それはきっと、これまで繰り返されてきたこの館の日常。 みんなに嫌われて、突き放されて、閉じこめられて。 ――あんなやつ、いなけりゃいいのにと思われて。 「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 自分の想像で泣いた。 あたいはバカだ。大バカだ。 フランドールには、もう。紅魔館の中に居場所なんてありはしない。 きっと、あの先を言わせてしまっていたら。あたいは。 めーりん姉ちゃんを、幻想郷の誰よりも嫌いになってしまっていたに違いない。 「待ってなさいよ、フランドール!」 届くはずはない。 フランドールは地下室にいる。そう本にも書いてあったし、めーりんねえちゃんも言ってた。 でも、あたいは叫ぶ。 紅魔館への宣戦布告。 そして、聞こえていないだろう、フランドールとの勝手な約束。 「絶対そこに行くんだから、絶対会ってやるんだから、絶対、こいつらみたいにあんたを拒絶したりしないんだから!! 絶対――迎えに行ってやるからね!!」 前方から聞こえる、幾人もの足音。 庭園の至る所から、門番隊のメイド達が現れては弾幕を放つ。 後ろには入ってきた門。つまりはめーりん姉ちゃんがいる。 ……かつてここを攻め落とした紅白と黒白も、これを抜けていったのかな。 この、弾の雨を。 「待ってチルノちゃん、入っちゃダメ……く!! 緊急対応! 敷地に外敵が進入、館への突入を阻止、及び万が一に供え館内への伝達を……ッ!?」 後ろから聞こえてくていた、めーりん姉ちゃんの声が、突然とぎれ。 何が起こったか、気になるあたいを影が抜いていった。 空には何も異常はない。弾の雨が降り注ぐだけ。それ以外の何かによって、突然に陽光は遮られた。 走りながら振り返るあたいの目には、あふれ出す闇、闇、闇。 ただ、強大な漆黒の球体だけが見える。 「ルーミアちゃん!? 何をッ!」 めーりん姉ちゃんの叫び。 ああ、そうか。あの闇はルーミアのもの。 「怖くて危ないから。それだけの理由で、地下に閉じこめたの?」 声はすれども姿は見えず。ただ言葉だけが闇に響いていて。 「そんな理由で、フランドールをひとりぼっちにしたの?」 ルーミアの激情に乗って、踊るように――世界は暗黒に覆われていく。 紅魔の庭を埋め尽くす程に早く。 ……ああ、もしかして、ルーミアは。 「……ひどいよ!」 あたい達のために、めーりん姉ちゃんの足止めに――。 あたいの思考を肯定するかのように、二条の閃光が空へと突き立った。 ムーンライトレイ。それを遮るように、さらに虹の色が溢れ出す。 漆黒の巨大な球体は、今や優美な光を放つ、極彩色の戦場と化していた。 「チルノ!」 「橙!?」 声と共に、橙があたいたちの追従してくる。 しかし、その手にはスペルカード。 すでにその瞳は三日月よりも細く細く尖り、光ある昼間より静かな闇の中へ飛び込む準備が出来ていた。 「ここは、私とルーミアで止めるから! みんなはその間に、フランドールを迎えに行って!」 その言葉だけを残して、橙はあたいたちに背を向ける。 「だ、大丈夫なの!?」 走るあたいたちに、止まった橙。距離はどんどん離れていく。 届けと叫ばれるリグルの疑問。心配故の問いだった。それに。 「ダメだと思う……ルーミアの闇で、門番隊くらいは混乱させられるだろうけど。 足止め程度にしかならないよ。きっと」 不安げな顔で橙は振り向いて、それでもその顔は笑ってくれていた。 「こんな危ないこと、きっと藍様は怒るだろうけど。 でも……」 宣言する。 与えられるのは速度。必要なのは力。 既に闇の中で始まっている、ルーミアとめーりん姉ちゃんとの戦いに割って入るための。 名を呼ばれ、意味を与えられて現象は顕現する。 それは橙の意志、橙の決意に答えて速さを増してゆく魔法の呪文。 「哀しい子だと思ったよ。可哀想な子だと思ったよ。 助けてあげたいとも思ったよ。 それに何よりも……。私だって、フランドールと遊んでみたいもの」 ――あの時みたいに。 付け加えられた言葉。その意味。 思い出す情景は一つだけ。 あたいと出会った時の橙の姿。 主から宿題を出されて、それが出来ずに困っていた橙。 それに興味を持っちゃったあたいたちは、みんなで一緒にがんばって、宿題とやらをやっつけたんだ。 もちろんバレて、主には大目玉を食らったらしいけれど。 「でも、あの時も、それに今も楽しいよ。 チルノ達は、私に遊ぶ楽しみをくれたよね! それならきっと、今度は私が誰かに――それをあげる番なんだ!」 だから、と言って橙は翔けた。戦場のただ中へ。ルーミアを抱く、優しい闇の深奥へ。 「だから絶対! フランドールを連れ出してきて!」 それは飛翔韋駄天。一瞬の残像だけを残し、橙はそこから消え失せた。 行く先は一つ。 虹の乱舞と包み込む闇。 敵と友の待つ、弾の嵐の中へ。 ――ミスティア―― 館内に足を踏み入れた瞬間、背筋に怖気が走る。 「随分な歓迎じゃない」 チルノが問うたのは、目の前にいる銀髪の少女だ。 私達を囲むように、張り巡らされたナイフの檻。 その少女――十六夜咲夜は既に、スペルカードを発動して待ち受けていた。 「侵入者と聞いて駆けつけてみれば……そうね。あなたたちなら美鈴も油断するでしょうね。 聞いているわ。妹様が目当てのようね」 その声、その視線にあの夜を思い出す。 明けない夜。真円を欠いた月の中の弾幕ごっこ。 フライドチキン。私の首筋に突きつけられた、氷のような刃の感触。 まったくもってさんざんな夜だった。 ナイフの雨で全身ズタボロになって、服を着る、よりも布を巻く、という表現が正しくなって。 「あ……ぅ」 心が恐怖で凍りつく。 思い出すなミスティア。あまりの恐怖に、立って居られなくなるぞ――。 けど、脳は待ってはくれない。 考えてしまった。それが敗因。生き物、思考を止めるなどそうそう出来やしない。 あの日、私と戦ったのは8人だったけど。 最後に来たその組が、一番痛い目に遭わせてくれたんだ。 凄い速度で昇る太陽を浴びながら、刺さったナイフを抜き放つ痛み。 50を越えたであろうその数。逃げ延びて力尽きた私の血河。 ちょろちょろと流れゆく血を、ぼうとした頭で眺めている私。 メイドに本気で殺されかけて。出血多量で死にかけて。 約定に、不慮の事故は覚悟することと書いてあるのをいいことに――。 思い出した。思い出してしまった。 できることなら、このまま心の奥に封じておきたかった恐怖を。 トラウマに心が折られてしまう。 ガクリ、と足から力が抜けて。膝を折ってくずおれそうになった私を、 「みすちー、大丈夫?」 リグルが支えてくれた。 「あ、ありがと」 「……顔色、悪いよ。なにかあったの?」 「……なんでもないよ」 そうだ。なんでもないんだ。 トラウマなんか思い出してる状況じゃない。 ぶんぶんと頭を振って、記憶を思考の隅の隅へと追いやった。 今見るのは過去じゃない。目の前の、私たちが檻に囲まれた現実。 これをどうやって突破して、フランドールのところへ行くか。 それだけを考えろ。 「通すわけにはいかないわ。 大丈夫よ。半殺しにしてあげるから。あの時のそこの夜雀のように、ね」 ナイフメイドの声が届く。 しかし、彼女はそこで掌を返して。 「でも、バカばかりだものね。またやってくるかもしれないし……。 妖精二人は見せしめに全殺しかしら。どうせ生き返るんでしょうし」 そんな、 馬鹿なことを言って、 ナイフの檻を一回り縮めた。 「ヤバ……」 檻の中で、私たちは身を寄せ合う。 あとちょっと、メイドが檻を小さくすれば、全員ただでは済まないだろう。 なるほど。このままの状態だったなら、私たちは全員ハリネズミ。 想い出なんてほど遠い。私は過去最大のトラウマを二回も体験。 しかも、今度はみんな一緒に地獄を見るハメになりそうだ。 「――んく」 生唾を飲み込んで覚悟を決める。 恐れるな。 あの時は、二対一だったから負けたんだ。 今度やれば勝てる。きっと勝てる。 だって、十六夜咲夜は人間だ。 心を奮わせろ。思い出せ。 あの夜は、確かにミスティア・ローレライの心と体に大きな傷を残していった。 けれど。 それだけじゃないはずだ。 ――なかったはずだ。 音が聞こえる。 ヒューヒューヒューヒュー、うるさいったらありゃしない。 こんなの、私の喉じゃない。 私はもっと高らかに歌えるんだ。 こんな、消え入ってしまいそうな、か細い糸みたいな呼吸音が、私の喉から出た音であってたまるか。 けれど、眠るように瞳を閉じた私が感じるのは、その音と、昇っていくお日様の暖かさだけ。 ナイフは抜けたけど、血は全然止まってくれない。 とても痛くて、とても苦しい。 こんな状況で寝たら、きっと死んじゃうんだろうけど。 気持ちいい。 そう思ってしまうくらい、今日は良い秋晴れみたいだ。 そんな、良い日和のはずなのに。私の頬に水滴が当たった。 「……ぅ?」 狐の嫁入りだろうか。 昨夜出会った九尾の狐。お相手なんていなさそうだったのに。 ああ、でも。 今の状態の私なんかが雨に降られてしまったら、きっと本当に死んでしまう。 なんとか動こうとして、寝返りをうってうつぶせになった。 そうして、目を開いて前を見てみれば、そこにあるのは誰かの二本の足。 あの時。 小さな両てのひらに、とても冷たい清水をすくって来てくれたのは。 ちょっとアンタ、大丈夫? その背中を見る。 少しだけ後ろを向けば、薄ら綺麗な氷の翼。 背中合わせの私たちは、今なお大ピンチ。 けれど、この包囲さえなんとかなれば、彼女は先へ進めるんだ。 「――あ、あ」 声を出す。歌う前の発声練習。 喉は好調。 こんな真っ昼間から、披露する歌じゃないんだけど。 ぱきん、と世界が割れる音。 私の歌は、十六夜咲夜が、スペルカードによって塗り替えていた世界に風穴を空けた。 しかし彼女のスペルは持続している。作った猶予は長くはない。 けど。 私たちの周囲のナイフは、一つ残らず消し飛んだ。 相手が弾幕を展開している最中に、こちらがスペルカードを宣言する。 そうすることで、一瞬だけ弾幕で弾幕を相殺できるのだ。 一般に、ボムと呼ばれるルールである。 歌いながら、その背中を押した。 小さくて冷たいその背中は、一瞬で私の意図を理解して。 弾の間を縫うように、迷わずに走り出す。 そうよチルノ。それでいい。 あのメイドは、私が相手をしてあげる。 「逃がすものですか――」 チルノ達を逃がすまいと、十六夜咲夜はナイフをそちらに向ける。 しかしそれは、こっちの台詞だ。 「――ッ!?」 突然に、十六夜咲夜が硬直した。 そうだ。誰もがパニックになるはず。その状況に置かれれば。 それでも彼女の立ち直りは早い。もう冷静を取り戻したのか。再びナイフを展開した。 ――私一人の周囲に。 「やってくれるわね夜雀。 狙い通りよ。これでもう、私にあなたのお仲間の位置は分からない」 答えないで歌い続ける。 そう。これは昼には開演されるはずのないコンサート。 『夜雀の歌』を聞いたあなたは、どこまで見えているのかしら。 きっともう、自分の半径1メートル程しか、視界は確保されていないはず。 その状況で、なお私を狙うナイフの並びは流石なのね。 「勝った気分かしら? 私の視力を奪って、お仲間は逃げることが出来たわ。 けれど、あなたはまだ、さっきの位置から動いていない」 簡単に狙えるのよ、と、弾が私を追いつめて――。 「館内の部屋配置を弄らせて貰ったわ。 せっかく逃がしたのに残念ね。彼女たちは七曜に阻まれて、地下にはたどり着けない」 そんなことはどうだっていいの。 私はチルノ達を行かせた。チルノ達を信じた。 その、シチヨウってのを越えて行くのはチルノ達のがんばりだ。 私のがんばりじゃあない。 私はただ、ここに残って歌うだけ。 あの日あの時。私に訪れた素敵な出会いと同じものが、今日、悪魔の妹に訪れますように。 そう願いながら。 だから、そのために――。 あなたはここに縛り付ける。 視覚を奪って、ずっと私と遊んでもらう。 あなたには、もう――歌しか聴かせない。 ――リグル―― 「――行き止まり!?」 走る私たちの目の前には、とても大きな扉がある。 その扉を認めて、私は足を迷わせた。 「このまま行くよ!」 そんな私の逡巡を笑うかのように、チルノと大妖精が私を抜いていった。 「リグルちゃん!」 大妖精だ。 「私達は追われてるの! 行き止まりで引き返す、そんな暇はないんだよ! 行き着くところまで走って走って走り続けて――地下への階段を見つけなきゃ!」 ……まったくその通りだ。 ここで止まれば囚われの身。 一人の少女を、少女とも思わない扱いをする。 それによる激情だけに身を任せて、ここまで来てしまったんだ。 後に戻る道なんて、あの時。紅魔の門を越えることを選んだときに消え去った。 「――ああああああ!!」 決まれば早い。私と扉の間の空間を、思い切り駆け抜ける。 チルノと大妖精を抜き去り、豪奢な装飾の扉へと一直線。 橙ほど早くはないけれど――これでも自慢の足なんだ。 「いっけぇリグルん! 必殺の!」 「リグル……」 チルノと大妖精の声に背中を押され。 速度を落とさぬまま、扉に足を突き立てる。 「「キ――――ック!!」」 ちなみに、技名を叫んだのは妖精二人。 私は終始無言だった。勘違いしないで欲しい。 しかし、案外簡単に蹴破れてしまった。廊下から眺めた時は、あんなにも堅牢に見えたのに。 「……で、ここはどこ?」 あまり嗅いだことのない匂いがする。 そも、館全体に渡りお日様の香りがしない紅魔館。 殺菌消毒足りないはずなので、おかしな匂いには事足りるまいが。 「これ、インクの匂い?」 だろうか? 言ってみたものの、イマイチ自信はない。 「……正解、蔵書庫みたいだね」 そんな、大妖精の声に。 「せめて、図書館と言って欲しいわ」 答える声が一つある。 立ち並ぶ本棚。本棚。本棚。 消失点へと向かって消えゆくその谷間に、少女が二人、立っていた。 「咲夜……空間をいじったわね。本来、ヴワルは関係ないのに」 そう言い放つ、紫髪の顔色の悪い少女と。 その横に控えめに並び立つ、赤毛の悪魔。 「久しぶり、こぁちゃん」 「大ちゃん……なんでこんなこと」 ……普通に、お互いの名前で会話している大妖精と赤毛の少女。 もしかして知り合いなのだろうか。 なのだとしたら、説得とか、出来たりはしないだろうか――。 「ちょっとね。助けてあげたい子がいるの」 そう答えた大妖精に、答えるのは紫色。 「――やめておきなさい。妹様は、あなた達の手に負える存在ではないわ」 「かもしれませんね。あなた達ですら制御できていないみたいですし」 かちんとキタのだろう。紫の少女の片眉が跳ね上がる。 しかし大妖精は気にしない。 「リグルちゃん、チルノちゃん。 あの、奥にある扉、見える?」 話しかけられた声は、相手に届かせないためか小声だった。 どうやら秘密の話のようなので、私たちも、口を動かさずに小声で答える。 大妖精の言うとおり、奥には小さな扉が見えた。 彼女は、私たちがそれを確認したのを見届けた後、 「あの奥に、地下への階段があるよ」 断言した。 「どうして分かるのさ!」 チルノだ。 でも、確かに。大妖精の言葉は断定口調。何らかの情報を得ていないと出ない答えのはず。 「さっき、あの紫色の人……パチュリーさん、って縁起には載ってたけど。 あの人言ったよね。咲夜が空間をいじった、って」 「うん」 「だったら、やっぱり正解だよ。 私だったら、正しいルートに強い人を配置するもん。邪魔するために。 十六夜さんも、きっとパチュリーさんが私たちを止めることを期待して、扉をここに繋げたんだ。きっと」 ……確かに。 止めようとするものが現れる。激しい邪魔が入る。逆に考えればそれは、こっちへは来て欲しくないというこれ以上ない意思表示だ。 つまり、私たちはそちらへ行けばいいわけだ。 「……チルノちゃんは、あの扉に全速力。 ここは、私とリグルちゃんが止めるから」 大妖精の言葉を聞くが否や、待ってましたとチルノは走り出す。 って、ちょっと待って。今の大妖精の言葉だと、ここは二人だけで保たせるの? チルノは走る。矢のように一直線に。 しかし、そのルートだと、パチュリーさんとやらとこぁさんとやらの間を思い切り抜けるていく事になる。 サポート無しでは通れない、と私は判断して。 カードポケットに手を入れるのと、パチュリーさんの前に、魔導書が浮かび上がるのはほぼ同時。 さらに少し遅れて、こぁさんがチルノを体当たりで止めようとして――。 やらせない。 「蛍符……」 「動いたら、取り返しがつかないことになりますよ!!」 私の宣言をかき消して、大妖精が一喝した。 その迫力に押されたのか。それとも取り返しのつかないことを恐れたのか。 パチュリーとこぁの動きが止まる。 硬直した両者の間を、優々と走り抜けていくチルノ。 私たちの視線の先、彼女らの背後でぱたん、と扉が閉じる音がして。ようやく。 「……何が、取り返しのつかないことなのかしら?」 硬直という名の、氷から、私たちは解放された。 そして、大妖精は止まらない。 「紙魚……」 その言葉一言。 たった一言だ。それだけで。 大妖精は、相手の動きを再び止めた。 ビキリ、と引きつる目の前の二人の表情は、最大の警戒を与えた証だ。 口にうっすらと笑みを引いたまま、大妖精は言葉を続ける。 「聞いたことのある名前ですよね?」 もちろん知っている。しかし、大妖精は誰に問うたのか。 恐らく、この図書館の主であるパチュリー、こぁと呼ばれる悪魔。そして私。 誰もがその名を知っている。思い思いに受け取っているはずだ。 彼女らは天敵として。私は同族であり、護るべき対象として。 「こちらのリグル・ナイトバグは虫の王。それを操ることなど、造作もないことです」 指で私を指す大妖精。 「……あなた、何が言いたいの」 遠回しな大妖精の物言いに、パチュリーの眉はさらにつり上がる。 そんなパチュリーを見つめながら、大妖精は。 「取引しませんか。パチュリー・ノーレッジさん。 あなたは何もしなくていい。私たちのすることを、黙ってみていてくだされば良いんです」 とんでもない一言を放った。 「な――――」 絶句する。 そもそも、フランドールをさらおうとしてるのは私たち。 本来、悪いのはこちらのはずだ。 なのに、圧倒的に不利なこちらから取引を持ちかけて、乗ってくれるはずがない。 振り向いた大妖精は、私に向かってウィンク一つ。 大丈夫だから、まかせておいて――そういうつもりなのか。 「……その、無干渉というラインを踏み越えれば……紙魚をこの大図書館に放つと……?」 しかし、私の予想に反し、作戦は功を奏した。当のパチュリー・ノーレッジは苦い顔。 「く……ぅ」 今すぐに、私たちを蹴散らしてチルノを追いたい。しかし、動けば致命傷。 紙魚をそんなに怖がるなんて。もしかして、命と同じくらい――もしくはそれ以上に、本が大切なのだろうか。 もしかして、このまま。 チルノがフランドールを連れて出るまで、時間稼ぎが出来るかもしれない。 「でも」 しかし、そうも上手くはいかない。 ここで上がる声。先程からずっと黙っていたこぁさん。 「大ちゃんには、そんなこと出来ないよね?」 こぁさんの口元にも、大ちゃんと同じ薄い笑みが張り付いている。 「……出来るよ? こぁちゃんは勘違いしてる。 可哀想でできない、私はそんなに、優しい妖精じゃないよ?」 しかし、その大妖精の言葉を。 「ううん、出来ないよ。大ちゃんは出来ない。優しいから出来ない。 だって――」 こぁさんは、ぶった切った。 「そこのリグル・ナイトバグさん。死んだら困るでしょう?」 ――え。 突然、話の矛先が私に向く。 「紙魚を放ってしまえば、大ちゃん達は取引材料を無くすんだよ? もちろん、紙魚なんてばらまかれたら、私達も黙ってない。 すぐに報復行動を始めるよ? きっと、全殺しくらいにしちゃうと思う。特にパチュリー様は。 だけど大ちゃんは大丈夫。妖精だからね、次の日には生き返ってる。 けど――そこのリグルさんは、一回死んだらそれで終わりだよね?」 「…………」 その言葉に、大妖精は沈黙した。 既に薄い笑みは顔から消えてしまい、変わりに苦渋が張り付いていて。 「ほら、出来ない。大ちゃんは優しいもの。リグルさんを守るために、決してそんなことはしないよ。 自分たちは弱いことが分かってたから、取引という名の脅しで私たちを縛ろうとしたけど、残念だったね」 そうまで言われれば――さすがに、認めざるを得ない。 「ごめん、リグルちゃん……作戦、失敗した」 うつむく大妖精の謝罪が届く。 でも。 「大丈夫だよ」 声をかける。 悔しいのだろう。自分の作戦が、知り合いによって砕かれてしまったことが。 自分が、チルノの役に立てなかったことが。 カードポケットをあらためる。 その中には、途中でみんなが頑張ってくれたせいもあって――11枚、フルセットで残っていた。 「さて、覚悟は良いかしら?」 展開される弾幕。向こうは待ってはくれないらしい。 ……どう考えたって急いている。 確かに相手からすれば、刻一刻とフランドールに近づくチルノは脅威以外の何ものでもないだろう。 じゃあ、こちらも。早めに勝負をつけようとするその焦り、利用させて貰おうじゃないか。 「――あなたにチルノを追わせはしない。 この図書館から出しはしない」 相手は五行七曜。 私はさながら、飛んで火にいる虫の王とでもいったところか。 それでも。 「早くしてよねチルノ……こっちも、長くは保たないだろうしさ!」 ファイアフライフェノメノン。 薄暗い図書館に、蛍火が灯りゆく。 ――チルノ―― 凄い速度で飛んできたその槍は、あたいの体を貫いて。 対抗スペルも撃てずに、あたいはたたき落とされた。 「……う……」 翼が空気を打つ音。 あいつはまだ追ってきている。 追いつかれる前に引き離さなくちゃならない。 あたいがレミリアに捕まったのはついさっき。 T字路の廊下の向こうとこちらを挟み込んで、あたいたちは顔を合わせた。 運良く、あたいの方が先に横道に入れはしたものの。 妹のところへ向かおうとするあたいを撃ち落とそうと、レミリアは、背後から容赦ない弾幕を放ってくる。 さっきまでは、全方位防御も兼ねて、マイナスKを宣言していたんだけど。 その防御をも打ち破る神槍によって、あたいは廊下に転がるハメになったんだ。 「流石はグングニル。その程度の氷弾幕、敵ではないわね」 廊下に響く声。速度では、当然の如く負けている。 (――走らないと!) 飛べば、全方位から弾幕に囲まれる。 さっきみたいに防御を張らせ、対処できなくなったところを撃ち抜かれたらどうしようもない。 ……もう少しだ、もう少しなんだ。 既に扉は見えている。 残りは10メートルくらい。 あの先に、フランドールがいるって言うのに……ッ!! 着弾、着弾、着弾、爆発。 走るあたいのすぐ後ろ。 レミリアの弾幕は、一歩後ろをぴったりとついて離れない。 自分が動けばそれも動く。まるで影のように。 少しでも走りを緩めれば、あっというまに追いつかれて、あたいは残機を散らせるだろう。 もう、あたいとレミリアはほとんど離れていない。 次被弾して倒れれば、追いつかれてしまう。 それなのに――。 『『『バッドレディ』』』 『『『スクランブル』』』 まるで籠女の歌のように。幾重にも重なって聞こえたその声は。 間違いなく――新たなスペルカードの宣言。 (――対抗!) 懐からスペルを抜くも、既に遅く。 あたいは宣言も許されないまま、突撃してきた暴風に巻きこまれた。 風にあおられ、足がもつれて。再び地面に転がるあたい。 「く……」 そんなあたいの上に、のしかかる重みがあった。 「捕まえたわ」 レミリア・スカーレット。 紅の悪魔が、倒れたあたいに馬乗りになっている。 「ずいぶん頑張ったみたいだけれど……それもここで終わり」 そう言ってレミリアは再び、その手に神槍を織り上げる。 あたいは逃げられない。動けない。 既に残機はゼロだ。ここで撃たれる。あたい達はここで終わる。 ルーミアの、橙の、みすちーの、リグルの、大ちゃんのがんばりを全て無駄にして。 フランドールも、このままで。 楽しい事なんて知らないままで、この、自分の味方なんていない、地獄のような紅い館で暮らしていくのか。 ――ダメだ。 あたいの手にはスペルがある。宣言できなかったスペル。 とりあえずかき消そうと思って、適当に引き当てたスペルだ。 絵柄を見て、何のスペルか判断した。 ――全く。流石はあたいの代名詞。 腐れ縁なんてもんじゃないじゃない。 そうして。 あたい達の唇は、同時に動いた。 『スピア・ザ・――』 『アイシクル――』 発動、展開の全てが等しく同じタイミング。 だからこそ。 のしかかられたままのあたいは、力を込めて、上半身を跳ね上げた。 『グングニル!!』 『フォール!!』 そうして、スペルの宣言は終了し。 2つのスペルが発動した瞬間に、決着は訪れた。 「……な……ぁ」 呻くのはレミリア。 発動直前にあたいが動いたせいで狙いが狂った。 スピア・ザ・グングニルはあらぬ場所へと着弾し、その心臓には、アイシクルフォールの氷柱が突き立っている。 被弾判定。レミリアは力を失って、あたいにもたれるようにくずおれる。 スペルカード、弾幕戦である以上、基本命には関わらない。 あたいの氷柱はレミリアの体に触れた瞬間、実態を失って衝撃になる。 だけど。狙った位置が位置だ、しばらくは動けない……と思う。 吸血鬼は、心臓に杭を打たれると死ぬ。前に、大ちゃんが言っていたことだっけ。 「弱点が多いって良い事ね!」 さて。 フランドールの扉は目前。 いい加減、笑い出した足に力を入れる。 いつのまにかボロボロになっちゃったけど、ようやく、ここまで辿り着いた。 あの雨の日以来の姿に、ようやく会えるんだ。 あとたった数歩で、扉のノブに手がかかる。 あたいは見ただけだ。 あたいは存在を知っただけだ。 他のことは、何も知っちゃいない。 だから――。 どんな声で喋るのだろう。 どんな風に笑うんだろう。 それが見てみたくて――。 そんな、哀しい顔をしないで欲しくて――。 扉を開けたらなんて言おう。 どう言って、外に連れだそう。 どこへ一緒に遊びに行こう。 楽しんでくれるかな。 はしゃいでくれるかな。 時々、みんなでつまらなそうにふてくされて。 それでもあたい達は――。 絶対に、その顔から、笑顔を絶やしたりはしないんだ。 うん、決めた。 ノブを回して扉を開く。 目も当てられない姿だけど、あたいらしく、思い切り笑って。 「――迎えにきたわっ!」 "novel top 後編『あそびにいくよ』 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき つづく! |